台湾の西にある澎湖(ポンフー)水道の海底から、漁師の網に引っかかって引き上げられた骨があります。右の太ももの骨(大腿骨)と、右のすねの骨(脛骨)。この2点を調べたところ、どちらも絶滅した人類「デニソワ人」のもので、しかもかなり大柄だった——そんな推定が、2026年8月8日にプレプリントサーバの bioRxiv で公開されました。東京大学総合研究博物館の海部陽介教授と、台湾・國立自然科學博物館の張鈞翔(チャン・ジュンシャン)氏を中心とする日台の研究チームによるものです。
大きいほうの個体は、身長にして190cm近かった可能性がある。氷河期の人類としては、かなりの体格です。ただし、この論文はまだ査読を受けていません。この点は最後にあらためて触れます。

化石記録に残された空白
デニソワ人は、2010年にその存在が知られるようになった人類です。きっかけは、シベリアのデニソワ洞窟で見つかった小さな指の骨でした。そこから取り出したDNAを読んだところ、ネアンデルタール人にも私たちホモ・サピエンスにも当てはまらない、未知の系統だと分かった。名前より先に遺伝子が見つかった、珍しい人類です。
それから16年、彼らの化石はほとんど増えていません。指の骨、いくつかの歯、チベット高原の下顎骨、そして中国の「ハルビン頭骨」。顔まわりの手がかりは少しずつ集まってきたものの、首から下——つまり体つきについては、ほぼ何も分かっていませんでした。ゲノムのことは詳しく分かっているのに、姿が想像できない。デニソワ人研究は、長いことそういう不思議な状態にありました。
今回の2点は、その空白に直接入り込む化石です。澎湖水道は、氷河期に海面が下がっていた時期には陸地で、台湾とアジア大陸をつないでいました。そこに眠っていた化石が、底引き網でまとめて引き上げられ、台湾の美術家が集めた大規模なコレクションの一部として國立自然科學博物館に寄贈された。その中から人類のものと見分けられたのが2010年のことです。
同じコレクションからは、2015年に張氏と海部氏らが台湾最古の人類化石として下顎骨(澎湖1号)を報告しており、2025年にはこの下顎骨が古代タンパク質の解析によってデニソワ人男性のものだと確認されています。今回の脚の骨も、その延長線上にあります。
大事なのは、「同じ場所から出たから同じ仲間だろう」という推測ではない、という点です。今回の2点からは使えるDNAが取れませんでしたが、研究チームはかわりに骨に残るタンパク質を分析しました。コラーゲンのなかにデニソワ人に特有で、ネアンデルタール人やほぼすべての現代人には見られない配列が両方の骨から見つかり、15種類のタンパク質で比べても、澎湖1号やシベリアの個体と同じまとまりに入った。つまり、この2点そのものがデニソワ人と判定されています。
二本の脚の骨から得られた推定値
2点は別々の個体のもので、それぞれ澎湖2号(大腿骨)、澎湖3号(脛骨)と呼ばれています。どちらも完全な形では残っていないので、体格を出すには欠けた部分を補う作業が必要になります。
澎湖2号は、大腿骨の上半分しか残っていません。研究チームは、大柄な古人類や現代人の大腿骨と形や寸法を照らし合わせながらデジタル上で復元し、全体で約49cmという長さを導きました。そこから計算した身長はおよそ176〜179cm、体重は約82.5kgです。
澎湖3号の脛骨は、下の端が欠けています。もとの長さは約43cmと見積もられました。ここからが少しややこしいところで、脛骨の長さを身長に換算する式は複数あり、どれを使うかで答えが変わります。低めに出る式なら約181cm、著者らが妥当としている式では約189.5cm。体重は約90.8kgと推定されています。「190cm」という数字は、骨を直接測った値ではなく、欠けた骨から組み立てた復元値だということです。
それでも、低いほうの推定値をとっても十分に大柄です。比較対象を並べるとはっきりします。中国北部・周口店のホモ・エレクトス(原人)の化石から推定される体格は、身長およそ152〜157cm、体重60〜63kg。澎湖の2人は、これより20〜30cm背が高く、20〜30kg重かった計算になります。同じ地域の少し後の時代、北京郊外の田園洞(でんえんどう)で見つかった約4万年前のホモ・サピエンスは身長約170cm・体重約73kgなので、私たちの祖先と比べても大きい。
研究に加わっていないグリフィス大学の考古学者アダム・ブラム氏は、澎湖3号の体格をノルウェーのサッカー選手アーリング・ハーランドと同じくらいだと New Scientist に語っています(「ただし髪型はもう少しましだったことを願う」という冗談つきで)。ロンドン自然史博物館のクリス・ストリンガー氏も、身長・体重ともにネアンデルタール人の推定値の上限あたりに並ぶと評しました。

寒冷地の法則からの逸脱
ここまでなら「氷河期の人類にしては大きかった」という話で終わります。研究チームが引っかかったのは、その大きさが出てきた場所でした。
動物には、同じ仲間どうしを比べたとき、寒い地域に住むものほど体が大きくなりやすいという傾向があります。ベルクマンの法則と呼ばれるもので、理屈としては、体が大きいほど体積に対する表面積の割合が小さくなり、熱が逃げにくくなるからだと説明されます。更新世(氷河期をふくむ時代)の人類も、おおむねこの法則に沿って、緯度が低い地域ほど小柄になると考えられてきました。
澎湖水道は、その予想からすると小柄な人類が出てきそうな場所です。氷期であっても、シベリアやチベット高原のような厳しい寒さとは比べものになりません。緯度でいえば亜熱帯。ストリンガー氏も、台湾周辺の温暖な条件なら、もう少し華奢な体つきを予想したはずだと述べています。
つまり、澎湖のデニソワ人が大きかった理由は、寒さでは説明がつかない。ここが今回の論文の主張の芯にあたる部分で、著者らは、更新世の人類が緯度に応じて体を小さくしていったという前提そのものを問い直しています。
そして、もうひとつ踏み込んだ推論が置かれています。デニソワ人については、ハルビン頭骨などから脳が大きかったことが知られていて、その大きさは「なぜか特別に発達した脳」として語られがちでした。ところが、体そのものが大きい動物は、それに見合って脳も大きくなります。体が大きかったのなら、脳が大きいのは当たり前の帰結かもしれない——著者らは、デニソワ人の大きな脳は少なくとも部分的には大きな体の結果だった可能性がある、と書いています。すごい脳を持った人類、という見方が、体格ひとつでずいぶん違って見えてくるわけです。
では、なぜ大きくなったのか。姉妹論文として同じ日に公開された、東京大学の米田穣氏らによる同位体分析のプレプリントが、ヒントになりそうです。骨に残った炭素と窒素の同位体を調べたところ、澎湖3号は開けた草原のような環境で暮らし、大型動物のタンパク質を中心に食べていたことが示されました。海や川の食べ物の痕跡は検出されていません。研究チームは、大きく力のある体が、広い草原で大型動物を狩る暮らしに向いていた可能性を挙げていますが、あくまで仮説の段階です。海底から引き上げられた骨なので、石器や解体された動物の骨、生活の跡といった周辺の情報がまるごと欠けており、暮らしぶりを直接たしかめる手立てがありません。
大腿骨に現れた現生人類的な特徴
体格とは別に、骨の形にも目を引く点がありました。
澎湖2号の大腿骨は、全体としては太くて頑丈な、いかにも古い人類らしい形をしています。ところが、骨の後ろ側に沿って、ピラスターと呼ばれる縦の稜(りょう=盛り上がった筋)がしっかり発達している。この特徴は、後期旧石器時代のホモ・サピエンスの狩猟採集民によく見られるもので、古いタイプの人類の大腿骨では珍しいものです。澎湖3号の脛骨にも、断面の形に現代人らしさが少し混じっていました。
理由として、二つの可能性が挙げられています。ひとつは力学的な説明で、ピラスターは長距離をよく歩く人に発達しやすいとされるため、広い草原を移動し続ける暮らしが骨の形をそう変えた、という見方。もうひとつは交雑で、当時この地域に到達していたホモ・サピエンスから、脚の形に関わる遺伝子が流れ込んだのではないか、というものです。
ただし著者ら自身が、後者については慎重な書き方をしています。ピラスターがどの遺伝子で決まるのかは分かっておらず、この2点からはゲノムも得られていない。確かめるにはもっと強い遺伝的な証拠が必要だ、と認めています。
推定の前提にある偏り
今回の数字を読むうえで、押さえておいたほうがいい点がいくつかあります。
まず、脚の骨2本から出た推定であって、デニソワ人全体の代表値ではありません。ゲノムの研究からは、デニソワ人が広い範囲に散らばった複数の集団の集まりだったことが分かってきており、現生人類との交雑も別々の集団と少なくとも3回起きたとする報告があります。澎湖の2人が大きかったからといって、どこのデニソワ人も大きかったとは言えない。現代人だって、2人だけ測って80億人の身長を語ることはできません。
ウィスコンシン大学マディソン校の古人類学者ジョン・ホークス氏は、サンプルの偏りをより具体的に指摘しています。これらの骨は海底から底引き網で引き上げられたものなので、そもそも大きくて丈夫な骨のほうが網にかかりやすく、壊れずに残りやすい。収集する側から見ても、形がよく残った立派な骨のほうが目にとまりやすく、細い骨や子どもの骨は見過ごされやすい。さらに、これまでに見つかっているデニソワ人の化石は男性に偏っている傾向もあります。大きい骨ばかりが集まる仕組みが何重にもある、というわけです。ホークス氏は、これらの骨が大きいこと自体は認めつつ、比較対象となるネアンデルタール人以外の集団の標本数がそもそも少ないので、体格の差をあまり深読みしないほうがよいと述べています。
年代についても、まだ揺れがあります。澎湖3号の脛骨から取り出したコラーゲンの放射性炭素年代は、およそ4万4,500〜4万5,600年前。ところが2023年に報告されたウラン系列法による年代測定では、同じ骨が16万年以上前という結果になっていました。4倍のずれです。海水につかっていた骨のウラン系列年代は当てにならなかった、という解釈が自然ではありますが、東アジアの多くの人類化石が同じ手法で年代を出していることを思うと、それはそれで気になる話でもあります。
査読前論文という段階
そしてこの記事の前提として、いちばん大事な点です。ここまで紹介してきた内容は、まだ査読を通っていません。
査読というのは、論文が学術誌に載る前に、同じ分野の研究者が原稿を読んで審査する仕組みのことです。データの取り方は妥当か、結論はデータの範囲を超えていないか、見落としている解釈はないかといった点をチェックし、修正を求めたり、掲載を見送ったりします。専門誌に載った論文には、この関門を通ったという保証がついています。
bioRxiv(バイオアーカイブ)は、その関門を通る前の原稿を、誰でも読める形で公開しておくためのサーバです。生物学分野のプレプリント(査読前論文)が日々投稿されていて、今回の2本もそこに置かれています。査読を経ていないので、数値も結論も、これから変わる可能性があります。「デニソワ人の身長が190cmだと判明した」と書いてしまうと、それは誤りです。「そう推定した査読前の論文が公開された」が正確なところです。
とはいえ、プレプリントは信用できないもの、というわけでもありません。公開が早いぶん、専門家の目に触れるのも早い。実際、今回の2本は投稿された当日のうちにホークス氏がブログで詳しく論評していて、体格の解釈への留保も、年代のずれへの疑問も、その中で提示されています。査読が閉じた場で行われるのに対して、プレプリントをめぐる議論は、こうして公開の場で始まる。読む側からすると、「まだ確定していない」と「もう議論が始まっている」を同時に見ていることになります。
面白いニュースほど、査読前かどうかを確かめておく価値があります。今回の話でいえば、澎湖の海底から引き上げられた2本の骨がデニソワ人のものだという判定はかなり手堅い一方で、190cmという数字は復元と換算式の選び方に左右され、ベルクマンの法則をめぐる議論は、これから他の研究者が検証していく部分です。同じ論文の中でも、確からしさは一様ではありません。
それでも、姿の見えなかった人類の輪郭が、また少し埋まったのはたしかです。指の骨から始まって、チベットの顎、ハルビンの頭骨、澎湖の下顎骨、そして今回の脚。16年かけてできあがりつつあるその姿は、いまのところ、氷河期のアジアを大股で歩く、思いのほか大柄な人類の形をしています。
出典
Kaifu, Y., Chang, C.-H., Tarusawa, Y., Sawafuji, R., Yonemoto, S., Shimamura, S., Takai, M., Kono, R. T., Sun, C.-H., Tsai, C.-H., Yoneda, M., & Tsutaya, T. (2026). Denisovan leg bones from Taiwan reveal large body size. bioRxiv(査読前)
DOI: 10.64898/2026.08.07.743438
Yoneda, M., Chang, C.-H., Itahashi, Y., Tsutaya, T., Sun, C.-H., Tsai, C.-H., & Kaifu, Y. (2026). Habitat and feeding ecology of a Denisovan from Late Pleistocene Taiwan. bioRxiv(査読前)
DOI: 10.64898/2026.08.07.743455
Tsutaya, T. et al. (2025). A male Denisovan mandible from Pleistocene Taiwan. Science, 388(6743), 176–180.
DOI: 10.1126/science.ads3888
東京大学総合研究博物館(2025年4月11日):台湾からデニソワ人
John Hawks(2026年8月8日):Legs of the last Denisovans
Smithsonian Magazine(2026年8月12日、Sarah Kuta):Thousands of Years Ago, Denisovans Might Have Been Huge, Especially Compared to Their Archaic Human Neighbors
ZME Science(2026年8月12日、Tibi Puiu):Extinct Denisovans May Have Been Some of the Biggest Humans of the Ice Age


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