ブラックホールの「爆風」、銀河を超えて30万光年先まで——威力は想定の100倍だった

スポンサーリンク

ブラックホールといえば「なんでも吸い込む天体」というイメージが強いですが、実は逆向きの働きもあります。周囲のガスを猛烈な勢いで外へ吹き飛ばす「風」です。この風の影響がどこまで届くのか——日本主導のX線天文衛星XRISM(クリズム)による観測で、思いがけない答えが出ました。

観測を行ったのは、東北大学の山田智史氏を中心とする研究チームです。金沢大学、東京都立大学、大阪大学、東京理科大学、立教大学などが加わり、地球から約34億光年離れたりゅう座の方向にあるクエーサー「H1821+643」を調べました。成果は2026年7月28日付で科学誌Nature Astronomyに掲載されています。

ブラックホールの「風」と銀河の関係

ほとんどの銀河の中心には、太陽の何百万倍から何十億倍という質量の超巨大ブラックホールが座っています。そして不思議なことに、銀河の性質とその中心のブラックホールの性質には、深い関係があることが分かっています。銀河とブラックホールは、お互いに影響を与え合いながら一緒に育ってきたらしいのです。

その「影響」の担い手と考えられているのが、冒頭で触れた風です。ブラックホールに物質が落ち込むとき、すべてが吸い込まれるわけではなく、一部は高温のガスとなって高速で外へ噴き出します。この風が銀河の中のガスをかき混ぜたり吹き払ったりすることで、星の材料が減り、銀河の成長にブレーキがかかる——という筋書きです。

ただ、この筋書きには確かめられていない部分がありました。風の威力がどれくらいで、影響がどこまで届くのか、という肝心の数字です。これまでの推定では、風の影響はおおむね銀河の内側に収まると考えられてきました。ブラックホール本体は銀河に比べて1億分の1以下という小ささですから、その影響が銀河の外まで及ぶとは、なかなか考えにくかったわけです。

銀河団の中心に座るクエーサーH1821+643

この問題を確かめるのにうってつけの天体が、今回の観測対象H1821+643でした。クエーサーとは、超巨大ブラックホールが活発に物質を吸い込み、銀河全体を上回るほど明るく輝いている天体のことです。H1821+643の中心のブラックホールは、太陽の30億〜40億倍の質量があると見積もられています。

しかもこの天体は、銀河が群れをなす「銀河団」のど真ん中にあります。銀河団の内部は数千万度という高温のガスで満たされていて、X線で光っています。つまりここなら、クエーサーの風が周囲の広大なガスにどんな影響を与えているかを、直接調べられるのです。銀河団の中心にクエーサーを持つ天体としては、H1821+643は地球にいちばん近い存在でもあります。

観測に使われたXRISMは、2023年に種子島宇宙センターから打ち上げられたX線天文台です。JAXAが主導し、NASAとESA(欧州宇宙機関)が参加する国際プロジェクトで、X線を桁違いに細かく色分けして測れる「分光」の性能が最大の武器です。研究チームは2024年9月、約1週間かけてH1821+643を観測し、高温ガスの中の鉄イオンが放つX線の輝線を精密に測定しました。輝線の波長のわずかな伸び縮みや広がりから、ガスがどれくらいの速さで、どれくらい乱れて動いているかを読み取れるのです。

銀河のはるか外まで及んでいたガスの乱れ

結果は予想を裏切るものでした。クエーサーの風に起因するガスの乱れが、H1821+643の銀河(半径約3万光年)を大きく飛び出し、約30万光年先まで広がっていたのです。銀河の半径の10倍、天の川銀河の直径と比べても約3倍という範囲です。銀河の中に収まっているはずだった風の影響が、銀河団のガスの相当な部分にまで届いていました。

威力の見積もりも桁違いでした。ガスの乱れの激しさから、クエーサーが周囲に注ぎ込んでいるエネルギーを計算すると、クエーサーが放つ放射エネルギーの1〜10%に相当していました。これまで他の波長の観測から見積もられていた値は0.01%以下でしたから、従来の推定の100倍以上ということになります。このエネルギーは、数十億個の超新星爆発に匹敵する規模です。

筆頭著者の山田氏は、「ブラックホールは物質を吸い込むことで知られているが、強力な風の形でガスを噴き出してもいる。この風は銀河の中に収まると考えられていたが、実際にははるかに強力だと分かった」と述べています。つまり、ブラックホールが驚異的な威力の衝撃波を通じて、銀河のはるか外の宇宙環境にまで影響を与えていることが、初めて観測で示されたのです。

シミュレーションとの一致と残された謎

興味深いことに、今回得られた「1〜10%」という効率は、近年の宇宙論的シミュレーションが銀河団の進化をうまく再現するために必要としてきた値と合っているそうです。理論の側が「これくらいの威力がないと計算が合わない」と要求していた数字に、観測がようやく追いついた格好です。ブラックホールは宇宙のガスの流れを駆動し、膨大なエネルギーを遠くまで運ぶ、宇宙の構造づくりの重要な担い手だと言えそうです。

一方で、H1821+643には別の謎も残っています。2022年にNASAのチャンドラX線衛星で自転の速さが調べられたところ、このブラックホールは、光速近くで回る同類の小さめのブラックホールに比べて、半分程度の速さでしか回っていませんでした。その研究に加わったケンブリッジ大学のクリストファー・レイノルズ氏は当時、「100万ドルの問いは、なぜなのか、だ」とコメントしています。いろいろな方向からブラックホール同士の合体を繰り返して育ったために、自転が打ち消されてきたのではないか、という仮説はあるものの、確かな答えはまだ出ていません。

桁外れの風を吹かせながら、自転はなぜかゆっくり。この巨大ブラックホールには、まだ解き明かされていない顔がありそうです。

出典

・東北大学プレスリリース:ブラックホールの「爆風」、30万光年先まで到達 ―想定の100倍超のエネルギーを発見―
・論文(Nature Astronomy, 2026年7月28日):Vigorous turbulence driven by quasar-mode feedback in a cluster core
・プレプリント(arXiv):arXiv:2607.24911
・解説:Supermassive black hole spews energy 300,000 light years into deep space(Space.com)
・XRISMプロジェクトサイト:科学成果の紹介ページ(JAXA)

コメント

タイトルとURLをコピーしました