冥王代(めいおうだい)は、地球の歴史のいちばん最初の区分です。約45億6700万年前から約40億3100万年前まで、およそ5億4000万年間。地球が生まれてから最初の5億年余りが、まるごとここに入ります。
名前の由来はギリシャ神話の冥界の神ハデスです。1972年にアメリカの地質学者プレストン・クラウドがこの区分を提唱したとき、生まれたばかりの地球は溶けた岩に覆われ、隕石が絶え間なく降りそそぐ場所だと考えられていました。地獄の名を当てるのがふさわしい時代、というわけです。
ところが、この時代について私たちが手にしている物証は、砂粒ほどの大きさの結晶がいくつかあるだけです。そしてその結晶が語る内容は、名前から想像するものとは少しずれています。
マグマに覆われた地表
地球は、太陽のまわりを回るガスと塵の円盤の中で、小さな岩の塊(微惑星)が衝突を繰り返して成長しました。ぶつかるたびに運動エネルギーが熱に変わるため、質量が増えるほど地球は熱くなります。成長しきったころには、岩石が溶けるほどの温度に達していました。
この状態を「マグマオーシャン(マグマの海)」と呼びます。地表全体が溶けた岩に覆われ、重い鉄はその中を沈んで中心部に集まり、地球の核ができました。軽い岩石成分は上に残り、のちのマントルになります。地球が層構造を持つようになったのは、この時期の分離作用によるものです。

当時の大気も、いまとは似ていません。酸素はほとんどなく、水蒸気と二酸化炭素が主成分の分厚い層が地表を覆っていたと考えられています。この大気は温室効果が強く、地表がなかなか冷えない状態を保っていました。
月を生んだ衝突
冥王代の初期に、地球はもう一度大きな衝突を経験します。火星ほどの大きさの天体が、原始地球にぶつかったのです。この天体は、ギリシャ神話で月の女神セレネの母にあたるテイアと名づけられました。
衝突で飛び散った破片は地球のまわりに円盤状に広がり、やがて集まって月になりました。これが月の起源として最も広く受け入れられている「ジャイアントインパクト説」です。地球と月で酸素同位体の組成がほとんど同じことが、この説を支える大きな根拠になっています。
ただし、衝突がいつ起きたかについては、まだ幅があります。太陽系ができてから3000万年後という推定から、1億年後とするものまで見積もりが分かれており、年代としては約45億2000万年前から約43億5000万年前あたりが候補になっています。使う元素の組み合わせ(ハフニウムとタングステン、タングステンの同位体など)によって答えが変わるためです。

できたばかりの月は、いまよりずっと地球に近い場所にありました。現在の月までの距離は約38万kmですが、形成当時はその17分の1ほど、2万km台だったと計算されています。空に浮かぶ月は、いまの何倍もの大きさに見えたはずです。
そして地球の自転も、いまよりはるかに速かった。衝突の勢いで地球は激しく回っており、1日の長さは数時間程度だったとするモデルが複数あります。その後、月との潮汐のやりとりを通じて地球の自転はゆるやかになり、月は少しずつ遠ざかっていきました。アポロ計画で月面に置かれた反射鏡による測定では、月はいまも1年に約2.5cmずつ地球から離れています。
岩石が1つも残っていない時代
ここから話が込み入ってきます。冥王代の岩石は、地球上に1つも残っていないのです。
現在確認されている地球最古の岩体は、カナダ北西部・スレーブ地塊のアカスタ川近くに露出している「アカスタ片麻岩」です。イエローナイフの北約300kmの島にあり、1989年に記載されました。もとは火成岩で、約40億3100万年前に生まれたものと測定されています。ケベック州ハドソン湾東岸のヌブアギツク緑色岩帯からは約42億8000万年前という値も報告されていますが、測定手法の解釈をめぐって議論が続いています。

岩石が残らなかった理由は、いくつも重なっています。当時の地球は内部の熱が今の何倍もあり、火山活動が激しかった。プレートの沈み込みによって地殻はマントルに引き込まれ、繰り返し溶かされました。天体の衝突も頻繁で、そのたびに地表が溶け直します。約40億年前に集中したとされる激しい衝突の時期(後期重爆撃期)については、近年その解釈自体が見直されつつありますが、いずれにしても初期地殻が生き残るには厳しい環境でした。
興味深いのは、この「岩石が残っていない」という事実が、そのまま時代区分の定義に使われている点です。国際層序委員会(ICS)は2023年、冥王代の終わり——つまり次の太古代の始まり——を、アカスタ片麻岩に含まれるジルコンの年代、40億3100万年前と定めました。地球最古の岩石より古い時代が冥王代、という決め方です。定義からして、冥王代の岩石は存在しえないことになっています。
砂粒だけが生き残った
ただし、岩石ではないものなら残っています。鉱物の粒です。
西オーストラリアのジャック・ヒルズという丘陵地帯に、ジルコンという鉱物の細かい粒を含む堆積岩があります。ジルコンはジルコニウムのケイ酸塩で、非常に硬く、化学的にも安定しています。母体の岩石が風化して砕けても、ジルコンの結晶だけは砂粒として生き残り、川に流されて別の場所で新しい地層に取り込まれる。そうやって時代を渡ってきたのです。
ジャック・ヒルズのジルコンには、40億年前から44億年前にわたる年代のものが含まれています。中でも最も古い1粒は44億400万年前と測定され、これが現在知られている「地球で形成された最も古い物質」です。太陽系ができてから1億6000万年後には、すでに地殻が存在していたことになります。

ジルコンにはもうひとつ都合のよい性質があります。結晶の中に微量のウランを取り込み、それが時間とともに鉛へ変わっていくため、ウランと鉛の比を測れば結晶ができた年代がわかるのです。しかも一度固まった結晶の内部は外界とほとんど物質を交換しないので、生まれたときの化学的な情報がそのまま封じ込められています。冥王代を調べる手がかりは、いまのところ実質的にこの粒だけです。
ジルコンが語る、水のある地表
そのジルコンから読み取れたことが、冥王代の像を変えました。
ウィスコンシン大学マディソン校のジョン・ヴァレー氏らの研究チームは、ジャック・ヒルズの最古のジルコンについて、原子1個単位で鉛の分布を調べる手法(アトムプローブトモグラフィー)と二次イオン質量分析を組み合わせ、44億年前という年代を確かめました。2014年にネイチャー・ジオサイエンス誌に発表された研究です。
このとき同時に測ったのが、酸素の同位体比でした。酸素には質量の違う種類(同位体)があり、その比率は岩石がどんな経験をしてきたかによって変わります。地表の水と反応した岩石は、マントル由来の岩石とは異なる酸素同位体比を示すのです。
そして最古のジルコンが示した比率は、マントルから直接来たマグマのものではありませんでした。いったん地表に出て、低温の水と反応した岩石が、もう一度溶けてできたマグマから結晶化した——そう解釈するのが自然な値だったのです。
つまり44億年前の地球には、すでに液体の水があった。しかも岩石を溶かし切ってしまうような高温ではなく、水が液体でいられる程度に地表は冷えていた。ヴァレー氏はこの結果を、43億年前より前に地球が水圏を持っていたことを補強するものだと述べています。この考え方は「冷えた初期地球(cool early Earth)」と呼ばれています。

マグマオーシャンの時期があったこと自体は否定されていません。変わったのは、その状態が続いた期間の見積もりです。地球はかなり早い段階で表面を冷やし、水をたたえる惑星になっていた。冥王代の5億4000万年のうち、地獄と呼ぶにふさわしいのは最初の一部分だけだった可能性が出てきたわけです。
ただし、これは砂粒からの推定です。1粒のジルコンが記録しているのは、その結晶ができた場所と時間だけで、当時の地球全体がそうだったとは限りません。海がどれくらいの広さだったのか、どれだけ長く安定していたのかは、まだ分かっていません。
生命はいたのか
地表に水があったのなら、生命はどうだったのか。この問いには、まだ答えが出ていません。
難しさの理由はここまでと同じです。冥王代の岩石が残っていないので、化石も残りようがない。実際、確実な微化石として認められているものは約35億年前までしかさかのぼれず、化学的な痕跡でも約37億〜38億年前が限界です。冥王代の終わり(40億3100万年前)との間には、まだ大きな隔たりがあります。
それでも、間接的な手がかりが2つあります。
1つはジルコンです。カリフォルニア大学ロサンゼルス校のエリザベス・ベル氏らの研究チームは、ジャック・ヒルズの1万個を超えるジルコンを調べ、内部にグラファイト(黒鉛)を閉じ込めた41億年前の1粒を見つけました。この炭素の同位体比を測ると、生物がつくった有機物に見られる範囲の値でした。2015年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された研究です。

ただし、論文の題は「生物起源の可能性がある炭素」という慎重な表現になっています。同じような同位体比は生物以外の化学反応でも生じうるため、これだけで生命の証拠とは言えないのです。
もう1つは、化石ではなく現生生物の遺伝子から逆算する方法です。ブリストル大学のエドマンド・ムーディ氏らの研究チームは2024年、いま生きている生物のゲノムを比較して突然変異の蓄積量から時間をさかのぼり、すべての細胞生物の共通祖先(LUCA)が存在した時期を約42億年前と推定しました。ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション誌に発表された研究です。
この推定が興味深いのは、年代そのものより中身のほうです。研究チームの復元によれば、LUCAはすでに約2600個のタンパク質をつくる遺伝子を持ち、現代の細菌に匹敵する複雑さを備えていました。しかも単独で生きていたのではなく、他の系統とやりとりのある生態系の一部だったと推定されています。これが正しければ、生命の起源はLUCAよりさらに前——冥王代の途中——にあったことになります。
ただし分子時計による年代推定には幅があり(この研究でも40億9000万年前から43億3000万年前の範囲)、化石記録との隔たりも埋まっていません。冥王代に生命がいたかどうかは、現時点では「否定されていない」という段階です。
両端が地球の外で決められた時代
冥王代には、もうひとつ変わった点があります。始まりの決め方です。
ICSは2022年、冥王代の始まりを45億6730万年前と定めました。ただしこれは「地球が生まれた日」ではありません。この年代の根拠は、隕石の中に含まれる、太陽系で最も古い固体物質(カルシウム・アルミニウムに富む包有物)の年代です。地球そのものはこれより少しあとに、時間をかけて形づくられていきました。
結果として冥王代は、始まりを隕石で、終わりを地球最古の岩石で区切られた時代になっています。前後の境界が、どちらも「地球にほとんど記録が残っていない」という事情から決められている。地球史の最初の1章は、その内側にほとんど資料を持たない章なのです。
それでも、砂粒ほどの結晶が数十粒あるだけで、44億年前の地表に水があった可能性まで見えてくる。冥王代の研究が動き続けているのは、この手がかりの少なさと、そこから引き出せる情報の意外な多さのあいだにあります。
出典
地質年代の区分と境界年代は、国際層序委員会(ICS)の国際年代層序表によります:International Chronostratigraphic Chart(ICS)
ジャック・ヒルズのジルコンと「冷えた初期地球」について(ウィスコンシン大学マディソン校):Oldest bit of crust firms up idea of a cool early Earth
アカスタ片麻岩について(カナダ地質調査所):Acasta Gneiss(Geological Survey of Canada)
地球と月の形成について(シカゴ大学):How the Earth and moon formed, explained
41億年前のジルコンに含まれる炭素について(PNAS):Potentially biogenic carbon preserved in a 4.1 billion-year-old zircon
全生物の共通祖先(LUCA)の年代推定について(Nature Ecology & Evolution):The nature of the last universal common ancestor and its impact on the early Earth system


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