ハンドルもペダルも無い車が、有料営業を初めて認められた

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ハンドルが無い。ブレーキペダルも、アクセルも、バックミラーも無い。そういう車が、アメリカで初めて「お金を取って人を運んでいい」と認められた。

米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が2026年7月30日に発表し、翌31日に発効した措置だ。対象はアマゾン傘下のZoox(ズークス)が自社で設計・製造している自動運転車。運転操作機器を一切持たない乗用車が、有料の営業を認められたのは初めてになる。

運転席を持たない車への商用許可

Zooxの車は、自動運転タクシー専用に一から設計されている。前後の区別が無く、どちら向きにも同じように走れるので、狭い場所に入っても切り返す必要がない。車内は向かい合わせのベンチシートが二列で、定員は4人。運転席というものが存在しない。最高速度は時速75マイル(約120km)で、これは日本の高速道路の最高制限速度と同じくらいだ。車両重量の上限(GVWR)は3000kgで、分類上は「乗用車」として扱われている。

これまでZooxは、ラスベガスとサンフランシスコで無料の乗車サービスを続けてきた。ラスベガスで一般向けの無料運行を始めたのは2025年9月で、同社によれば、これまでに50万人以上が乗ったという。今回の措置で、そこに料金を付けられるようになった。有料化はラスベガスから始める予定で、同社は8月中の開始を表明している。

手続き上は、Zooxが2025年8月22日に申請を出し、NHTSAが公募した意見に119件の回答が集まり、そのうえで約11か月かけて許可が下りた、という流れになる。今回の許可は「Temporary Exemption No. 2026-01」という番号が付いた、期限付きの適用除外だ。

人がハンドルを握る前提で組まれた規則

なぜ、こんな手続きが必要だったのか。アメリカで車を売ったり商用に使ったりするには、連邦自動車安全基準(FMVSS)を満たしていなければならない。この基準は「人が運転席に座ってハンドルを握る」ことを当たり前の前提として書かれている。最初の基準(シートベルトに関するもの)が施行されたのが1967年3月なので、その前提はおよそ59年ぶん積み重なってきたことになる。

ここで効いてくるのが、Waymoとの違いだ。Waymoの車はジャガーI-PACEなどの市販車を改造したもので、使わないだけでハンドルもペダルも付いたまま残っている。だから基準は素直に満たせて、特別な手続きは要らない。一方でZooxは、そもそも付いていない。基準に照らすと「不適合」になってしまう。

上の図の左側が、市販車を改造した自動運転車。ソフトが運転していても、ハンドルとペダルはそのまま残っている。右側がZooxで、どちらも無く、座席が向かい合っている。この構造の違いが、そのまま制度上の扱いの違いになっていた。

抜け道が無かったわけではない。連邦法には、基準に適合しない車を台数と期間を限って認める「Part 555」という仕組みが以前からある。2020年には、無人の低速配送ロボットでNuroがこれを取得している。ただし人を乗せる自動運転車がこの枠で商用の許可を得たのは、今回が初めてになる。

免除された八つの基準の中身

では、具体的に何が免除されたのか。ここが今回の話でいちばん誤解されやすいところだ。

免除の対象は八つのFMVSSだが、基準まるごとではなく、それぞれの特定の条項だけに限られている。中身を並べると、フロントガラスの曇り止め(103号)、ワイパーとウォッシャー(104号)、ウインカーを手で戻すレバーとヘッドライトのハイ/ロー切り替え装置(108号)、室内ミラー・ドアミラー・後方表示画面(111号)、ブレーキを足で踏む操作(135号)、サンバイザー(201号)、フロントガラスに使うAS1ガラスの指定(205号)、エアバッグの警告ラベルをサンバイザーに貼る規定(208号)——この八つになる。

顔ぶれを見て気づくことがある。どれも、人間の運転者を助けるための装備なのだ。ワイパーもデフロスターも、人がフロントガラス越しに外を見るために要る。Zooxの車は車体の外側に付いたセンサーで周囲を見ているので、ガラス越しに何かを見る必要がそもそも無い。ミラーも同じで、後ろが見えない人間のための装置だ。サンバイザーは日よけだが、まぶしがる運転者がいない。エアバッグの警告ラベルは「サンバイザーに貼れ」と書かれているのに、そのサンバイザーが無いので貼れない、という理由だった。

NHTSAの判断も、この線に沿っている。これらの装備は人間の運転者を補助するものであって、人間が運転しない車に付けても安全上の利益を生まない。だから外しても、同等の安全水準は保たれる——そう結論している。ガラスについてだけは条件が付き、Zooxが使う端部のガラスはAS4の要件に加えて、AS1向けの試験のうち三項目に合格していることが義務づけられた。

審査の対象から外れた自動運転ソフト

ここまで読むと、ある疑問が浮かぶ。運転しているのはソフトウェアなのに、そのソフトの安全性は誰が審査したのか。

答えは、していない、になる。

NHTSAは今回の決定文の中で、人間の運転者を置き換える自動運転システムについて性能要件は存在せず、免除を出すかどうかを判断する場面で、自動運転だからという理由で高い安全性能を要求する権限も無い、とはっきり書いている。審査したのは、あくまで「ワイパーやミラーが無い車は、それらを備えた同じ車と同等に安全か」という一点だ。しかも比較の相手は普通の車ではなく、「同じくソフトが運転する、ただしワイパーもミラーも付いている架空のZoox車」と設定されている。

もうひとつ、決定文にはこう書かれている。自動運転車が公道を走ること自体を禁じる規定は、そもそも連邦法に無い。メーカーが「全基準に適合している」と自己申告し、不合理な危険が無ければ、走らせてよいことになっている。

つまり、Zooxが有料営業できずにいた理由は、自動運転技術が信用されていなかったからではない。ワイパーとミラーとサンバイザーが付いていなかったからだ。59年ぶん積み上がった壁の正体は、そういうものだった。

ただしNHTSAは、自動運転システムの成熟度を完全に無視したわけでもない。「この免除が公共の利益にかなうか」という別の判断のなかでは考慮したとしており、それを踏まえて監督の条件を組み立てた、と説明している。

台数・期間・運行区域に付いた条件

許可には、いくつもの縛りが付いている。

まず台数。12か月あたり2500台までで、これはNHTSAが決めた数字ではなく、法律(合衆国法典49編30113条)が同等安全性を根拠にした免除に定めている法定の上限だ。期間は2年で、2028年7月31日に切れる。同時に走らせられる台数はさらに別途、運行許可書(Operational Authorization)で管理される。

この運行許可書というのが今回の新しい仕組みで、技術の進み具合に応じてNHTSAが中身を書き換えられるようになっている。走行区域ごとに別々の許可書を出すこともできる。衝突やソフトの不具合、車が不適切に停止して交通をふさいだ事案について、Zoox側に即時の報告義務が課されるのも、この枠組みの中だ。安全上の問題が出れば、NHTSAは免除を修正・停止・取り消しできる。

ほかにも条件が並ぶ。Zooxは車を売ってはならず、生涯にわたって自社で保有し運行する。遠隔で支援にあたる要員は、通信の遅れと法的な責任の所在を理由に、アメリカ本土内にいなければならない。走行区域の地図を自社サイトで公開し、区域が実質的に変わったら14日以内に更新する義務もある。許可の時点では、8歳未満の子どもは乗車できない。

そして見落とされがちだが、連邦の許可だけでは料金を取れない。州や市の許可が別に要る。ラスベガスのあるネバダ州と、サンフランシスコのあるカリフォルニア州で、Zoox は引き続き当局と調整を進めている段階だ。カリフォルニアの場合、州のDMVと公益事業委員会(CPUC)の両方から許可を得る必要がある。

衝突安全と緊急車両対応をめぐる論点

この形の車について、よく出る疑問が二つある。横から突っ込まれたら大丈夫なのか、というのと、緊急車両や警官の指示にどう対応するのか、というものだ。

前者については、免除の中身を見れば線が引ける。衝突安全に関する基準は免除されていない。側面衝突(FMVSS 214号)も前面衝突の保護要件も対象外で、Zoox は残る全基準に適合していると申告している。208号が免除リストに入っているのは、あくまで警告ラベルの貼り位置に関する条項だけだ。

ただし、そこで話が終わるわけでもない。Zoox は衝突試験のデータをNHTSAに提出したが、企業秘密として扱うよう求め、公開版では黒塗りになっている。NHTSAは「提出された非公開の資料は、寄せられた懸念に答えるのに十分だった」としているが、外部が検証できる形にはなっていない。全米自動車協会(AAA)や労働組合の一部は、社内の指標ではなく独立した検証が必要だと主張していた。ドアの開け方についても懸念が出て、NHTSAは室内にレバーがあること、外側には救助隊向けのボタンがあること、エアバッグの表面に脱出手順が印刷されていることを挙げて答えている。

緊急車両への対応は、今回の決定文の主題ではない。ただZooxは申請にあたって、警察との連携計画、初動対応者向けの訓練資料、緊急対応ガイド、救助用の車両情報シートを提出しており、これらは公開資料の一覧に載っている。許可の条件にも、Zooxが運行地域の法執行機関と連絡・協力・調整を続ける責任を負うことが明記された。あわせて、NHTSAは同じ7月に、自動運転車が警察や救急の活動を妨げる事例が続いているとして、各社に改善を求める文書を出している。制度として整理の途中、という段階だ。

「解禁」ではないという線引き

今回の措置は、規則そのものが変わったわけではない。あくまで一社に対する、台数と期間と区域を限った例外の許可だ。「アメリカで自動運転が解禁された」と読むと、実態からかなりずれる。

ただ、この先の動きも同時に始まっている。NHTSAは同じ日に、自動運転車の性能基準づくりに向けた3年間・500万ドルの共同研究、Part 555の申請手続きの見直し、2017年以来となる技術指針の改定など、複数の施策をまとめて発表した。ミラーやワイパー、サンバイザーといった項目についてはFMVSS自体を現代化する作業も進んでおり、これが完了すれば個別の免除は不要になる、とNHTSAは述べている。決定文にも、免除は恒久的な運用の道ではなく、そのためには規則の改正が要る、と書かれている。今回の許可は、その改正が間に合うまでの橋渡しという位置づけだ。

なお、日本の制度はこれとはまったく別の体系で動いている。道路運送車両法の保安基準と、レベル4の特定自動運行に関する許可制度がそれにあたり、アメリカの動きがそのまま日本に及ぶわけではない。

技術が先に出来上がっていても、法律がそれを想定していなければ走れない。自動運転にかぎらず、ドローンでも電動キックボードでも繰り返されてきた構図だ。今回はその一区切りが付いたが、二年後に免除が切れるまでに規則の側が追いつくのかどうかは、まだ分からない。

出典

NHTSA プレスリリース(2026年7月30日)

Federal Register:Zooxへの一時的適用除外の許可通知(91 FR 48494、2026年7月31日)

Zoox 公式発表

Purpose-built robotaxis get official nod for paid operation in the US(New Atlas)

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