2023年4月20日、スペイン東岸の沖で操業していた漁師の網に、全長2メートルほどのサメがかかった。持ち帰って組織のDNAを調べたところ、種はホホジロザメ(Carcharodon carcharias)。しかも、まだ成熟していない若い個体だった。
この1匹をきっかけに、スペイン海洋学研究所(IEO-CSIC)などの研究チームは1862年までさかのぼる記録を並べ直した。そこから見えてきたのは、地中海のホホジロザメは消えていない、ということだ。ただし数はごくわずかで、ほとんど姿を見せない。研究者たちが「幽霊(ghost)」個体群と呼ぶのは、そのためだ。

地中海の「幽霊」と呼ばれる個体群
ホホジロザメは世界中の温帯の海にいる。南アフリカ、オーストラリア、カリフォルニア沖などでは、いつ・どこに集まるかがかなり細かく分かっていて、個体識別されている常連までいる。
ところが地中海だけは事情が違う。目撃も捕獲も何十年に数えるほどしかなく、いるのかいないのかすら判然としない状態が続いてきた。研究の材料になるのは、たまたま網にかかった個体、たまたま撮られた写真、そして博物館に残っていた古い標本くらいしかない。
不思議なのは、この集団が地中海の外の海と遺伝的につながっていないらしいことだ。ボローニャ大学のチームが博物館の標本18点のミトコンドリアDNAを解読した2020年の研究では、地中海の個体群は隣接する大西洋の集団よりも、はるか遠い太平洋側(オーストラリア・ニュージーランド・日本近海・北米西岸)の集団に近いという結果が出た。分岐したのは約320万年前で、まだパナマ地峡ができておらず中米に海路が通っていた時代に入り込んだのではないか、という見立てである。
ただし、この年代は決着した話ではない。2011年の別の研究は「約45万年前、アフリカ南端を回るルートで迷い込んだ少数の個体が起源」という、まったく違う説を出していた。共通しているのは、地中海のホホジロザメが長いこと外と隔てられた、小さくて特殊な集団だという点だ。ホホジロザメ全体はIUCNレッドリストで「危急(Vulnerable)」に分類されており、個体数は減少傾向にある。
混獲された1匹と遺伝子による裏づけ
今回報告された個体は、北緯38度42分・東経0度20分の海域でかかった。イベリア半島の東岸から少し沖に出た、バレアレス諸島との間にあたる場所だ。全長は約210センチ、体重は80〜90キロ。
研究チームは組織のサンプルからCOI遺伝子(ミトコンドリアにある、種の識別によく使われる遺伝子)の一部を読み取り、GenBankの配列データベースと照合した。一致度98%でホホジロザメと確定し、配列は登録番号PV998081として公開されている。
ここは地味だが大事なところだ。地中海のホホジロザメの記録の多くは、目撃談や写真、あるいは新聞記事に頼っている。写真は撮り方によってアオザメやウバザメと紛らわしくなるし、目撃談はもっと当てにならない。遺伝子で裏を取れた記録は、それだけで数が少ない。
幼魚という記録の重み
研究チームがこの1匹を特別扱いした理由は、サイズにある。
ホホジロザメは最大で全長640センチ、写真から推定した分析では660センチに達するとされる。成熟の目安はおよそ4.5メートルで、それを超えるとメスの大半とオスの成熟個体が含まれてくる。210センチというのは、その半分にも届かない。明らかに若い個体だ。
成体のホホジロザメは大洋を横断するほど移動するので、大人が1匹いたところで「どこか遠くから来ただけ」の可能性が残る。でも子どもは話が別で、生まれた場所からそう遠くない可能性が上がる。筆頭著者のホセ・カルロス・バエス氏は、幼魚が確認されたことで「この海域で実際に繁殖が起きているのではないか」という問いが立つ、と述べている。
地中海でホホジロザメの繁殖地と考えられてきたのは、シチリア海峡とチュニジアのガベス湾あたりだ。近年はこれに加えて、トルコ北東エーゲ海のエドレミット湾で2008年以降に11頭の新生児が確認され、第二の保育場の候補として注目されている。今回の幼魚が、そうした中央・東地中海の保育場から西へ泳いできたのか、それともスペイン沖で生まれたのか——論文はそこを問いとして立てるにとどめ、答えは出していない。
1862年の新聞記事から拾い直された1件
今回の論文でおもしろいのは、過去の記録の掘り起こし方だ。
この海域の記録を包括的にまとめたのは、2017年のボルドロッキらのレビューで、スペイン海域で62件の出現が整理されている。今回のチームは、そこに載っていなかった1件を見つけ出した。1862年7月27日、マラガの地方紙『El Avisador Malagueño』の雑報欄に載った記事である。市の西にあるサン・アンドレス海岸で遊泳していた人が大きなサメに襲われ、亡くなったという内容だ。
記事はその相手を「marrajo(マラホ)」と書いている。現代のスペイン語では大型のサメ全般を指す言葉なので、これだけでは種は決まらない。ただ、プロの漁師への聞き取り調査では、63.91%がこの語をホホジロザメの意味で使っていた。可能性は高いが、確定はできない——その線引きを保ったまま、論文は1件として記録に加えている。
ちなみに、IUCNがホホジロザメの減少率を見積もるときに使う「過去3世代」は、およそ159年にあたる。この種は最長で73年生き、世代の間隔は約53年と長いためだ(人間の世代間隔のおよそ2倍にあたる)。1862年からの160年という幅は、たまたまこの物差しとほぼ重なる長さになっている。
ウミガメの傷が示す間接的な痕跡
サメ本体が見つからなくても、記録として使えるものがある。食べられた側に残る歯型だ。
2017年のレビューが整理した62件のうち、1986年から2001年にかけての9件は、この種の間接的な証拠だった。海岸に打ち上げられた海の生きもの、とくにウミガメに残った咬み傷である。
論文が具体例として挙げているのは2006年4月2日のケースで、遊漁者が海上で傷ついたアカウミガメを見つけている。甲長90センチ、体重32キロ。腹側の甲羅に30センチ四方ほどの半円形の深い傷があり、歯の痕がはっきり残っていた。前肢も部分的に食いちぎられていた。傷の形はネズミザメ科(ホホジロザメやアオザメが属するグループ)の咬み方と矛盾しないが、組織が採れていない以上、種までは特定できない。
それでも意味はある、と論文は書く。少なくとも、この海に大型の捕食者がいたことの証拠にはなるからだ。実際、2000年の研究では、地中海のホホジロザメの胃内容物からアカウミガメとアオウミガメが食べられていた例が4件確認されている。

クロマグロの回遊と重なる季節性
記録を時期で並べると、ひとつのパターンが浮かぶ。スペイン海域で確認された成体のオス・メスは、春から夏に偏っているのだ。
この時期に地中海で起きていることといえば、タイセイヨウクロマグロの産卵回遊がある。大西洋から地中海に入ってきて産卵する、あの魚だ。研究チームは、スペイン海域がホホジロザメの定住地ではなく、餌を追って通り抜ける「一時的な回廊」として機能しているのではないか、と考えている。
この見方を後押しするのが、トルコ側で起きたことだ。マルマラ海とボスポラス海峡の周辺は、地中海の生態系の北の端にあたる。ここではクロマグロが激減して姿を消したのだが、同じ時期にホホジロザメも同じように減って消えた。両者の推移が驚くほど揃っている。この海域でのホホジロザメの減少率は96.6%と見積もられており、地中海のどの区域よりも大きい。
2025年に出た別の研究も、地中海でホホジロザメが現れる場所の変化が、マグロの摂餌場の移動と、18℃を下回る海面水温の分布によく対応していると報告している。つまり、餌が動けばサメも動く。餌が消えればサメも消える。
西地中海の減少幅と保全上の位置づけ
スペイン側の状況も明るくはない。2020年の研究によれば、1980年から2016年にかけて、バレアレス諸島の海域でホホジロザメの個体数は73%以上減った。地中海の周辺部ほど減り方が激しい、という傾向の一部である。
だからこそ、そこにまだいるという記録に意味が出てくる。バレアレス諸島の周辺は2003年の研究の時点で重要な生息地あるいは回遊路の候補と目されていたし、2025年にはフランスのカマルグ自然公園沖が、交尾を終えたメスにとって晩夏の重要な摂餌海域ではないかという指摘も出た。今回の1件は、西地中海が「もう終わった海」ではないことを示す材料が、また1つ増えたということになる。
論文が最後に求めているのは、目撃や捕獲の報告といった直接的な方法と、環境DNA(水を汲んで、そこに漂う生きものの遺伝子を読む手法)や衛星タグのような間接的な手法を組み合わせた、長期の観測体制だ。どこで食べ、どこを通り、どこで産むのかが分からないままでは、守りようがない。
解釈上の留意点
まず、今回の報告は「地中海のホホジロザメが回復した」という話ではない。確認されたのは1匹で、その1匹をこれまでの記録に並べたら、細く途切れずに続いていた——というのが内容のすべてだ。個体数を推定したものではないし、減少傾向が止まったことを示すものでもない。
幼魚が見つかった意味も、慎重に受け取るのがよさそうだ。「近くで繁殖しているかもしれない」は問いであって、結論ではない。中央地中海の保育場から泳いできた可能性は残っており、それを区別するには追加の証拠がいる。
1862年の新聞記事についても、種が確定したわけではない。「marrajo」という語の使われ方から推定した、可能性の高い1件という扱いになる。ウミガメの咬み傷も同様で、大型のサメであることまでしか言えない。
そして、捕獲自体は2023年4月の出来事である。論文として公表されたのが2026年1月というだけで、2026年に新しく見つかったサメがいるわけではない。
出典
論文:Báez JC, Puerto MA, Torreblanca D, Varela JL, Carmona L, Macías D (2026) New record of white shark, Carcharodon carcharias (Elasmobranchii, Lamniformes, Lamnidae), from the Mediterranean Spanish coast. Acta Ichthyologica et Piscatoria 56: 27–31.
https://doi.org/10.3897/aiep.56.173786(オープンアクセス)
プレスリリース:Great white sharks in Spain: new record sparks a 160-year review(Pensoft, 2026年2月10日)
関連論文:Boldrocchi G et al. (2017) Distribution, ecology, and status of the white shark, Carcharodon carcharias, in the Mediterranean. Reviews in Fish Biology and Fisheries 27: 515–534.
https://doi.org/10.1007/s11160-017-9470-5
関連論文:Moro S et al. (2020) Abundance and distribution of the white shark in the Mediterranean Sea. Fish and Fisheries 21: 338–349.
https://doi.org/10.1111/faf.12432
関連論文:Soldo A, Turan C (2025) Decreasing trend of great white shark Carcharodon carcharias records in the Mediterranean. Journal of Marine Science and Engineering 13: 1704.
https://doi.org/10.3390/jmse13091704


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