船が近づくとマッコウクジラは話し方を変える——声だけで船の存在を当てられた

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カリブ海のドミニカ島沖で、マッコウクジラの声を4年ぶん録りためた研究チームが、その音を船の運航記録と突き合わせました。すると、近くに船がいた時間帯とそうでない時間帯とで、クジラの「話し方」がはっきり違っていたのです。論文は生態学と情報科学をまたぐ専門誌 Ecological Informatics に、2026年6月18日付で公開されました。

クリックの連なりでできた会話

マッコウクジラは、鳴き声というより打音で会話します。カチッ、カチッという短いクリック音を何発かまとめて出し、その並べ方でやりとりをする。このひとまとまりをコーダと呼びます。クリックが何発あるか、そしてクリックとクリックの間隔をどう取るか——この2つの組み合わせが、コーダの型を決めています。

いちばんイメージしやすいのは、モールス信号のトン・ツーです。ただし、研究が進むにつれて、コーダはモールスよりずっと込み入ったものらしいと分かってきました。同じ海域に暮らすクジラの集団(クラン)ごとに使うコーダの型が違い、それが方言のようにふるまう。誰と誰が親しいか、いま何をしているかによっても、出てくる型が変わります。

この解読に取り組んでいるのが、Project CETI(Cetacean Translation Initiative)という非営利の研究計画です。ドミニカ島沖に腰を据えて6年ほど、録音・ロボット・機械学習を総動員して、マッコウクジラが何をやりとりしているのかを突き止めようとしています。

音色で分かれる二種類のコーダ

そのProject CETIが2025年に報告したのが、コーダには「音色」の違いもある、という話でした。これまでコーダは、クリックの数とタイミングだけで分類されてきましたが、音そのものの周波数の中身を調べてみると、共鳴のピーク(フォルマント)が1つだけのコーダと、2つあるコーダに、きれいに分かれたのです。

この2種類は、人のことばの母音の作られ方とよく似た構造をしています。そこで研究チームは、前者をa-コーダ、後者をi-コーダと名づけました。日本語で書けば「あ」に近い型と「い」に近い型、ということになります。

ここは誤解しやすいので、先に断っておきます。クジラが「あ」や「い」と発音しているわけではありません。音のできあがり方が人の母音と似た仕組みだったので、説明の便宜として母音の名前を借りているだけです。日本語の音を出しているのではなく、人の耳に「あ」に聞こえるわけでもありません。

ただ、この呼び方は思いつきの比喩ではなく、その後の研究で裏づけも進んでいます。2026年4月にProceedings of the Royal Society B に載った続報では、a-コーダとi-コーダが従来の型分類と独立に組み合わさること、a-コーダのほうがi-コーダより長くなりやすいことなどが示されました。人の母音がそうであるように、音色の違いが型の違いと別軸で働いている、というわけです。

船がいるときに詰まるクリックの間隔

今回の研究は、この「音色つきのコーダ」を、船の騒音と並べて見たものです。ハイファ大学のロエー・ディアマント氏を筆頭に、Project CETI創設者のデイヴィッド・グルーバー氏、ドミニカ・マッコウクジラ・プロジェクトのシェーン・ゲロ氏、言語学担当のガシュペル・ベグシュ氏という顔ぶれで書かれました。

使ったのは、ドミニカ島沖でマッコウクジラ15頭に取り付けた音響タグの記録です。タグは吸盤で背中に貼り付けるつくりで、ドローンを使って取り付けます。クジラの体を傷つけずに済む方式です。ここから4年ぶん、1000を超えるコーダを取り出しました。そのうえで、船の側の情報としてAIS(船舶自動識別装置)の記録を使い、その録音のときに近くを船が通っていたかどうかを確かめています。船の音が録音に入っていた、というだけで判断せず、位置情報で裏を取ったかたちです。

結果は、船がいるときといないときで、コーダの姿が変わっていました。まずコーダ全体の長さが短くなる。クリックとクリックの間隔(インタークリック・インターバル)が詰まり、ひとまとまりのクリック数も変わります。そして音色のほうでは、a-コーダの割合がi-コーダより増えていました。

グルーバー氏は、これを混み合った騒がしいバーでの会話にたとえています。音楽が大きい店では、好きな作家について深く語り合うことはまずなく、同じことを三度聞き返し、話題は「もう一杯頼む?」「そろそろ出る?」あたりに寄っていく。人間だって、うるさい場所では声の出し方も話の中身も変わるわけです。

声から船を当てる逆向きの推定

ここまでなら、「騒音でクジラの話し方が変わった」という報告です。この研究がおもしろいのは、同じ関係を逆から通したところにあります。

研究チームは、クジラのコーダの特徴だけを機械学習の分類器に入れて、そのとき近くに船がいたかどうかを当てさせました。つまり、船の音も位置情報も見せず、クジラの声だけを手がかりにする。すると、当てられたのです。もっとも効いた手がかりは、コーダに含まれるクリックの数と、クリックの間隔でした。

さらに、船の水中騒音が大きいときほど、この当てる精度は上がっていきました。うるさいほど、クジラの声に船の存在が濃く写り込む。つまり、マッコウクジラのコーダは、いま自分のまわりで何が起きているかを、そとから読み取れるかたちで抱え込んでいるということです。

上の図は、静かな海でのコーダ(上段)と、船が近くにいるときのコーダ(下段)を並べたものです。クリックの数は同じでも、下段では一発ずつの間隔が詰まり、全体が短く収まっています。

海の騒音という文脈

船の騒音に反応する海の生きものは、マッコウクジラだけではありません。船の往来が激しいジブラルタル海峡のヒレナガゴンドウは、騒音に負けないよう出せる音域の上限近くまで声を張り上げていることが報告されています。ザトウクジラの母子は、船の音を避けてより深く、危険な深さまで潜ることが分かっています。

ドミニカ島沖は、いまのところ大きな航路の上にはありません。それでも、世界全体の海運量はこの30年でおよそ300%増えたとされていて、静かな海のほうが例外になりつつあります。今回の研究が示したのは、その騒音が、クジラの行動だけでなく声の細かい中身にまで届いているということでした。イギリスの水中生物音響の専門家ネイサン・マーチャント氏も、この点にこの研究の意義があると評しています。

解釈上の留意点

いちばん大事な留保を先に書きます。クジラが船について話しているのかどうかは、まったく分かっていません。 騒音にかき消されないよう話し方を変えただけなのか、それとも「船が来たよ」に相当する何かをやりとりしているのか。この区別は今回のデータでは付きません。グルーバー氏自身、これを次に答えるべき問いとして挙げています。「クジラは船の話をしていた」と書くのは、研究が言っている範囲をはるかに超えます。

規模についても正直に見ておきたいところです。15頭・1000あまりのコーダというのは、野生の大型鯨類を相手にした研究としては小さくありませんが、けっして大規模でもありません。しかも対象は同じ海域の、同じクランのクジラたちです。ここで見つかった傾向が、ほかの海域のマッコウクジラにもそのまま当てはまるかどうかは別の話になります。

研究の性格も観察にもとづくもので、船を意図的に近づけて反応を見る実験ではありません。船がいる時間帯には、餌の状況やクジラの行動状態など、ほかの条件も一緒に動いている可能性があります。船の騒音が原因だと確かめるには、さらに条件をそろえた検証が要ります。

それでも、声の側から船の存在が読み取れるという結果は、実用の方向にも道をひらきます。クジラの声を聞くだけで近くの船の有無が分かるなら、その逆——船の側にクジラの居場所を知らせて衝突を避ける仕組み——にも使える見込みがあるからです。船との衝突は、商業捕鯨がほぼ止まった今、大型鯨類にとって最大級の脅威になっています。動物のことばを解読しようという計画が、まず先に差し出せる成果は、案外そういうところかもしれません。

出典

Roee Diamant, David F. Gruber, Shane Gero, Gašper Beguš. “Evidence for the influence of shipping underwater radiated noise on sperm whale coda structure.” Ecological Informatics, 103881 (2026).
https://doi.org/10.1016/j.ecoinf.2026.103881

Gašper Beguš et al. “Vowel- and Diphthong-Like Spectral Patterns in Sperm Whale Codas.” Open Mind 9: 1849–1874 (2025).
https://doi.org/10.1162/OPMI.a.252

Gašper Beguš et al. “The phonology of sperm whale coda vowels.” Proceedings of the Royal Society B 293: 20252994 (2026).
https://doi.org/10.1098/rspb.2025.2994

Sperm whales change how they communicate when ships are nearby(Popular Science)

Sperm Whales Seem to Change Their Calls When Ships Are Near(Smithsonian Magazine)

Project CETI 公式サイト

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