英国政府の各機関がGitHubで公開していたソースコードのリポジトリ(コードの置き場)が、予告なく大量に削除されていました。気づいたのは政府ではなく、英国のハッカーイベント「Electromagnetic Field」の共同創設者として知られるJonty Wareing氏。同氏は何がいつ消えたのかを記録する一覧を作り、消えたコードそのもののコピーも自分で保存しています。この動きを2026年8月11日にHackadayのJenny List記者が取り上げました。
削除された本数は、Wareing氏の記録によれば執筆時点で1,526本。影響を受けた組織は57にのぼります。ただし先に書いておくと、消えたものの中に国家機密のたぐいはありませんでした。この記事が面白いのは、まさにそこです。
「公開で開発する」を掲げてきた英国政府のGitHub運用
英国政府は、デジタルサービスの開発で「ソースコードは原則公開する」という方針を掲げてきました。税金で作ったコードは納税者のものであり、公開すれば他の機関や自治体が再利用でき、外部の目によるチェックも働く——そういう考え方です。実際、歳入関税庁(HMRC、日本の国税庁にあたる機関)やNHSデジタル(国民保健サービスのIT部門)、内務省、法務省など、多くの機関がGitHub上に公開アカウントを持ち、数千本規模のリポジトリを公開してきました。
今回消えたのは、その一部です。Wareing氏の一覧によると、削除数が最も多いのは歳入関税庁の195本。次いでNHSデジタルの169本、教育関連機関のSkills Funding Agencyと英国気象庁(Met Office)のInformatics Labがそれぞれ154本、内務省の101本と続きます。
数字だけ見ると「大きな組織の一部が整理された」ように見えますが、割合で見ると印象が変わるものもあります。英国気象庁のInformatics Labは、公開していたリポジトリの100パーセント——つまり全部が消えました。同ラボは気候関連のコードやデータを公開していた部署です。組織のアカウントごと、公開の場から姿を消したことになります。

確かめてみたら「漂着物の寄せ集め」だった中身
政府の公開コードが1,500本以上、説明なく消えた——ここまで聞くと、何かまずいものを慌てて引っ込めたのではと勘ぐりたくなります。Hackadayの記事が誠実なのは、その期待をあえて裏切っているところです。List記者はアーカイブの中身を実際に確認したうえで、「国家機密の宝庫というより、漂着物の寄せ集め」と表現しています。
実際に消えたのは、ウェブサービスのコード、政府の報告書作成に使われていたR言語(統計解析向けのプログラミング言語)のデータ分析、サーバー設定の断片、動作確認用のテスト用リポジトリなど。そもそも全部が最初から公開されていたものなので、隠したい情報がそこにあったなら、公開していた時点でとっくに漏れています。中には名前からしてテスト目的と分かる、中身のほとんどないリポジトリも大量に含まれていました。
なお、Hackadayのコメント欄には「米国企業のGitHubを避けて、英国内の別の場所に移しただけでは」という推測も寄せられましたが、これにはWareing氏本人が登場し、移されてはいないと明確に否定しています。移転ではなく、単に消えた、ということです。
中身ではなく「黙って消せること」への懸念
大したものは入っていなかった。ならば騒ぐことはない——とはならない、というのがこの話の核心です。
今回の削除は、予告もなく、何をなぜ消したのかという記録も残さずに行われました。消えたことに気づいたのも、記録を残したのも、政府ではなく一人の個人です。もしWareing氏が事前にミラー(コピー)を取っていなければ、何が消えたのかを後から検証する手段はありませんでした。
つまり今回分かったのは、「英国政府は公開していたコードを、予告なく、記録も残さず、まとめて消せる。そして誰も止められないし、公式には誰も気づかない」という事実です。今回消えたものがたまたま重要でなかったとしても、次に消えるものが重要でない保証はどこにもありません。公開を約束して信頼を得るなら、引っ込めるときにも説明がいるはずで、List記者はこれを「滑りやすい坂」と呼んでいます。
誤解のないように書いておくと、英国政府側が意図的に何かを隠したという証拠はありません。削除の理由について政府からの説明は確認できておらず、組織再編やアカウント整理といった事務的な処理である可能性も十分あります。Hackadayの記事も、隠蔽だとは主張していません。問題にしているのは、理由が何であれ「黙って消せてしまう」構造のほうです。
個人のアーカイブだけが残った記録
Wareing氏のアーカイブは、GitHub上の「uk-gov-mirror」というアカウントに保存されています。何が消えたかの一覧も「deleted-repo-report」というリポジトリとして公開されており、組織ごとの削除数や削除が確認された日付を誰でも確認できます。政府が消した記録を、個人が政府の使っていたのと同じ場所に置き直している構図は、なかなか皮肉が効いています。
ただし、コピーで残せるのはファイルの中身とその変更履歴までです。リポジトリに紐づいていた議論のスレッドや不具合報告、他の開発者からの評価といった周辺の情報は、元が消えれば一緒に消えます。オープンソースのコードは誰かがコピーを持っていれば生き残れますが、それを取り巻く文脈までは残らない、という限界もこの件は示しています。
これはブログでも同じです。書いたものを預けている先——ブログサービスでも、SNSでも、クラウドでも——が消せば、自分の書いたものも消えます。運営者に消す意図がなくても、方針変更ひとつ、整理ひとつで起こりうる。今回の英国の件は規模が大きいだけで、構造そのものは、私たちがふだんインターネットに何かを預けるときの構造と変わりません。手元にコピーを持っておくことの意味を、あらためて考えさせられる出来事でした。
出典
Hackaday: The Code The British Government Doesn’t Want You To See (Any More)(2026年8月11日、Jenny List記者)
削除されたリポジトリの一覧: uk-gov-mirror/deleted-repo-report(Jonty Wareing氏による記録。本文中の本数・組織数は2026年8月12日閲覧時点)
アーカイブ本体: uk-gov-mirror


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