「掘れば64%で氷」——火星の水の地図が、確率で語られはじめた

スポンサーリンク

火星のどこを掘れば水が出るのか。アメリカの惑星科学研究所(Planetary Science Institute、PSI)のチームが、この問いに答えるための新しい世界地図を作り、2本の論文として学術誌Planetary Science Journalに発表しました。率いたのは同研究所のHanna Sizemore(ハンナ・サイズモア)氏とSamuel Courville(サミュエル・カービル)氏。将来の有人火星探査に向けて、地下に埋まった氷のありかを調べた研究です。

火星に氷があること自体は、すでによく知られています。それでもこの地図がわざわざ作られたのには理由があります。火星の氷は、量だけ見れば十分あるのに、ほとんどが「都合の悪い場所」にあるからです。

極・赤道・中緯度のジレンマ

有人探査で水が重要なのは、飲み水になるからだけではありません。水は分解すれば酸素になり、さらに帰りのロケットの推進剤の原料にもなります。燃料を地球から全部運ぶのではなく現地で作れれば、ミッション全体の重量とコストを大きく減らせる。これは「現地資源利用(ISRU)」と呼ばれる考え方で、有人火星探査を現実的な計画にできるかどうかの分かれ目のひとつとされています。

ところが、氷の分布は人間の都合に合っていません。氷がたっぷりあるのは北極と南極ですが、極地は太陽がほとんど高く昇らず、太陽光発電がまともに使えません。逆に、発電にも活動にも向いているのは赤道付近ですが、そこに掘って届く氷はないと考えられています。火星の大気は非常に薄いため、地表に出た氷は溶けるのではなく、固体から直接気体になって消えていきます(昇華といいます)。実際、NASAの着陸機フェニックスは高緯度で地面を掘って氷を露出させ、それが日に日に消えていく様子をカメラで記録しています。赤道に近づくほど、氷は地下深くへ潜ってしまうのです。

そこで妥協点として注目されるのが、極と赤道のあいだの中緯度です。ただ、この中緯度こそ、これまでの氷の地図がいちばん頼りにならない場所でした。

地面の温まり方から氷を読むSWIM計画

今回の2本の論文は、どちらもPSIが主導する「SWIM(Subsurface Water Ice Mapping=地下水氷マッピング)」というプロジェクトの成果です。使っているのは、NASAの探査機マーズ・グローバル・サーベイヤーの熱放射スペクトロメータ(TES)と、マーズ・リコナイサンス・オービターの火星気候サウンダ(MCS)が長年ためてきた観測データ。どちらも、火星の地表の温度を軌道上から測り続けてきた装置です。

氷そのものを直接見るわけではありません。地面の温まり方・冷え方は、地下に何が埋まっているかで変わります。氷の上に砂がかぶった土地と、ただの砂やちりの土地とでは、昼夜や季節で温度の変わり方が違ってくる。その温度のリズムを読み解くことで、地下1メートルほどまでの氷のありかを間接的に推定する——これがSWIMの手法です。

Sizemore氏の論文がやったのは、この推定を「一枚の地図だけで信じない」ことでした。軌道からの温度データをもとに地下の氷の深さを割り出す計算は複雑で、装置の違い、計算モデルの違い、大気のちり具合の変化などで、答えが揺れます。そこでチームは、異なるデータと異なる前提で独立に作られた3枚の氷地図を突き合わせ、一致する場所と食い違う場所を洗い出しました。3枚がそろって「氷あり」と言う場所は信頼できる。逆に食い違う場所は、いまの理解がいちばん怪しい場所——つまり、まずロボットを送って調べるべき場所であって、最初から人を送る場所ではない、という整理になります。

「矛盾しない」から「64%」への言い換え

そしてCourville氏の論文が、この研究のいちばんの読みどころです。やったことを一言でいうと、地図の「確からしさ」を、確率の数字に翻訳しました。

これまでのSWIMの地図が言えたのは、「この場所の観測データは、氷があるとしても矛盾しない」というレベルの話でした。もう少し具体的には、「2つの手法はここで氷を見つけたが、1つは見つけなかった」といった、確信度のような値です。ただ、これはよく考えると火星についての文ではなく、こちらの手法についての文です。手法同士の意見が割れたと言われても、着陸地点を決める側はどう扱えばいいのか分かりません。

Courville氏は統計の手法を使って、この確信度を確率に計算し直しました。すると同じ場所について、「この地点に行けば、64%の確率で氷が見つかる」という形の文が言えるようになります。つまり、手法の話が火星そのものの話に変わったわけです。64%——3回掘れば2回近く当たる——という数字なら、水をどこまで当てにした計画を立てるか、外れた場合の備えをどれだけ積むか、といった判断にそのまま使えます。研究チーム自身、これは有人探査のような危険な環境に人を送るために必要な「確実さの見積もり」だと位置づけています。

なお、この64%は火星全体の平均でも、中緯度ならどこでも成り立つ数字でもありません。あくまで「特定の地点について、こういう数字が出せるようになった」という例です。確率は場所ごとに違い、それを世界地図として塗り分けたのが今回の成果です。

まだ見えていない深さ1〜5メートル

ただし、この地図には研究チーム自身が認める大きな穴があります。温度から氷を読むこの手法で分かるのは、地表から約1メートルまで。一方、レーダーによる観測が得意なのは深さ5メートルより下です。そのあいだの1〜5メートル——人が装備を持って掘るとしたら、まさに現実的な作業範囲——を見られる装置が、まだ火星に行っていないのです。

この隙間を埋めるには、1〜5メートルの深さの氷を検出できる高周波レーダーが必要だとチームは述べています。ただ、そうした装置はこれまで火星で運用されたことがありません。それが実現するまでは、不確かさも含めて、これが私たちの持つ最良の火星の水地図ということになります。

2本の論文は、Planetary Science Journalの特集「火星の有人探査:資源と科学目標」の一部として発表されたものです。研究としての提案であって、この地図がNASAの着陸地点選定に正式採用されたという話ではない点は、書き添えておきます。火星の水の話が「あるか・ないか」から「何%か」へ移った——その言い方の変化そのものが、有人探査が計画の段階に入りつつあることの表れなのかもしれません。

出典

惑星科学研究所(PSI)のプレスリリース:
Laying odds on the potential for Martian water(Planetary Science Institute)

解説記事:
The Odds of Finding Water on Mars(Universe Today)

元論文(どちらもPlanetary Science Journal掲載):
Thermal Detectability of Subsurface Water Ice on Mars: A Comparative Analysis for the Subsurface Water Ice Mapping (SWIM) Project(Sizemore氏ら)
Subsurface Water Ice Mapping on Mars: A Probabilistic Approach(Courville氏ら)

コメント

タイトルとURLをコピーしました