満タン1回で1,980km——日産e-POWERのギネス記録と「下り坂」という但し書き

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満タン1回、給油なしで1,980km。日産の欧州向けコンパクトSUV「キャシュカイ(Qashqai)e-POWER」が、南米コロンビアの首都ボゴタからカリブ海沿岸までを走り切り、ギネス世界記録に認定されました。距離にすると、東京―大阪間(約500km)をほぼ2往復。2026年7月14日から17日にかけての4日間、全行程をギネスの審査員が監視するかたちで行われた挑戦です。

認定された記録の正式名称は「外部充電も給油もしない、レンジエクステンダー式の電動量産SUVによる最長走行」。ずいぶん条件が細かい名前ですが、この長い記録名にこそ、e-POWERという方式の特徴が詰まっています。そしてこの記録には、数字を読むうえで知っておきたい「但し書き」もひとつあります。順番に見ていきます。

ボゴタからカリブ海までの無給油走行

記録の中身をまず整理します。ギネス公式の認定内容によると、走行距離は1,980km(1,230.31マイル)。2026年7月14日から17日にかけて、コロンビアを縦断するルートで達成されました。日産の発表では、市街地の渋滞から郊外の幹線道路まで、さまざまな道路条件・交通条件を含む行程だったとしています。

使った燃料は、タンク1杯分だけ。キャシュカイe-POWERのタンク容量は約55リットルなので、仮にこれを使い切ったとして単純計算すると、燃費はおよそ36km/L(100kmあたり約2.8L)になります。コンパクトカーではなく、車重1.9トン級のSUVでこの数字です。海外の報道では「ロサンゼルスからダラスまで(の距離)を1回の給油で走った計算」と紹介されています。

ちなみに「外部充電なし」とわざわざ記録名に入っているのは、この車が充電できないからです。プラグがそもそも付いていません。それなのに記録名は「電動SUV」。ここが、この話のいちばん面白いところです。

エンジンが車輪を回さないe-POWERの仕組み

e-POWERは日産独自のハイブリッド方式で、日本ではノートやセレナでおなじみの技術です。ただ、「ハイブリッド」という言葉から想像する仕組みとは、実はかなり違います。

この車には1.5リットルの3気筒ターボエンジンが載っています。ところが、このエンジンは車輪と機械的につながっていません。エンジンの仕事は発電だけ。作った電気は2.1kWhの小さなバッテリーを介してモーターに送られ、車輪を回すのは100%の時間、電気モーターです。つまり、小さな発電所を積んで走る電気自動車と考えると実態に近い。外から充電する代わりに、ガソリンスタンドで「発電用の燃料」を入れる、という乗り物です。

トヨタなどの一般的なハイブリッドは、エンジンとモーターの両方が状況に応じて車輪の駆動に関わります。一方のe-POWERは「シリーズ方式」と呼ばれ、エンジンは駆動に一切関与しません。同じ「ハイブリッド」の看板でも、中身は別物です。

上の図の左が一般的なハイブリッドで、エンジンからも車輪へ動力が伝わります。右がe-POWERで、エンジンは発電機だけを回し、車輪へ届くのは電気だけです。

エンジンと車輪を切り離すと、何がうれしいのか。エンジンには「いちばん効率よく燃料を使える回転数」があります。普通の車ではエンジン回転数は車速に縛られますが、発電専用ならその縛りがなく、常においしい領域だけで運転できます。今回記録を出した第3世代のe-POWERでは、発電に特化した専用設計のエンジンを新開発し、モーター・発電機・インバーターなど5つの主要部品をひとつにまとめた「5-in-1」ユニットと組み合わせることで、効率をさらに引き上げています。今回の記録は、この最新世代のお披露目でもありました。

標高2,600mから海抜ゼロへという記録の条件

ここまで読むと「シリーズ方式おそるべし」で終わりそうですが、この記録にはもうひとつ、見落とせない条件があります。出発地と到着地の標高差です。

スタート地点のボゴタは、アンデス山脈の高地に広がる標高約2,600mの都市。ゴールのカリブ海沿岸は、ほぼ海抜ゼロです。つまりこのルートは、全体としてざっと2,600m分の「下り」を含んでいます。長い下り坂では、e-POWERの回生ブレーキ(減速のエネルギーで発電する仕組み)が働き続け、燃料を使わずにバッテリーへ電気を戻せます。海外メディアのNew Atlasはこれを「重力を、ただの電気エネルギーに変えた」と表現しました。位置エネルギーという貯金を、道中で電気として引き出しながら走ったわけです。

もっとも、1,980kmの行程に対して2,600mの標高差は、平均勾配にすると0.1%程度。数字のすべてが下り坂のおかげというわけではありません。それでも、何時間も続く長い下りで無給油のままバッテリーを満たせる区間があったことは、この記録にとって間違いなく追い風でした。逆方向、つまり海岸からボゴタへ登るルートで同じ数字が出るかといえば、まず出ないでしょう。

興味深いのは、この標高差について日産のプレスリリースがひとことも触れていない点です。指摘したのは報道側でした。「すごい記録」をそのまま受け取るか、「どういう条件で出た数字か」まで見るかで、同じニュースの読み方はずいぶん変わります。世界記録の類は、こうした達成条件とセットで眺めるのがちょうどいい距離感だと思います。

記録の狙いと日本での第3世代展開

条件込みで見ても、この記録に意味がないわけではありません。ギネスの認定文は、この挑戦の意義を「充電インフラが整っていない地域でも、外部充電に頼らずに電動駆動のSUVが約2,000kmを走れると示したこと」に置いています。南米のように充電網がまだ薄い市場では、「電気自動車の走り心地を、ガソリンスタンドだけで成立させる」というe-POWERの割り切りが、現実的な選択肢になり得るという主張です。

日産にとっては、商売上の意味も大きい発表です。記録を出したキャシュカイは欧州向けの車で、現在の日本では販売されていません(かつて「デュアリス」の名で売られていた車の系譜です)。ただし中身の第3世代e-POWERはすでに日本に上陸していて、2026年7月16日に発売された新型エルグランドに搭載されています。北米でも、2026年度中に新型ローグへの搭載が予定されており、ハイブリッド人気の高い米国市場へこの方式で切り込む構えです。今回のギネス記録は、その世界展開に向けた分かりやすい実績づくりという側面もあります。

エンジンを積んでいるのに、車輪を回すのはモーターだけ。プラグがないのに「電動SUV」。一見ちぐはぐなこの組み合わせが、坂の力も借りながら1,980kmを走り切った——記録の数字と条件を並べて眺めると、カタログの燃費値だけでは見えてこない、この方式の性格がよく分かります。

出典

日産自動車のプレスリリース:Nissan Qashqai e-POWER adds new Guinness World Records title to its global efficiency story(2026年8月5日)

ギネス世界記録の認定ページ:Longest journey by a range-extended electric powered production SUV without external charging or refueling

報道:Nissan hits triple-digit fuel economy during record-smashing run(New Atlas、2026年8月13日、Simon Heptinstall)

第3世代e-POWERの技術情報:Nissan launches third generation e-POWER technology in Europe(日産自動車、2025年6月)

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