【地球年表02】先カンブリア時代 太古代 – 生命の痕跡が残りはじめた時代

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太古代(たいこだい)は、地球の歴史の2番目の区分です。約40億3100万年前から約25億年前まで、およそ15億3000万年間。地球の46億年のうち、3分の1がこの時代に入ります。始生代(しせいだい)という呼び方もあります。

前の時代との境目は、カナダ北西部に露出する地球最古の岩石(アカスタ片麻岩)の年代で決められています。国際層序委員会(ICS)が2023年に批准した数字です。裏を返せば、太古代は「地球に岩石が残っている時代」の始まりでもあります。

なお太古代は、厳密には「紀」ではありません。冥王代・太古代・原生代の3つは、古生代から新生代までをまとめた顕生代(けんせいだい)と同じ階層の区分(累代)にあたります。このシリーズでは形式をそろえるため、紀の位置に置いています。

そしてこの時代の岩石には、生命がいた痕跡とされるものが含まれています。

酸素のない大気と、暗い太陽

太古代の地球は、まず空気の中身が違いました。酸素はほとんどありません。大気の主成分は窒素と二酸化炭素で、そこにメタンが混じっていたと考えられています。人間が立っていたら数分ももたない組成です。

海の中身も違います。酸素がないため、鉄はイオンのまま海水に溶けたままでいられました。この鉄が何かのきっかけで酸化して沈むと、鉄に富む層とケイ酸に富む層が交互に積み重なった「縞状鉄鉱層(じょうじょうてっこうそう)」ができます。世界の鉄鉱山の多くは、この時代とその次の時代に作られた地層です。いま私たちが使っている鉄は、酸素のなかった海の記録でもあります。

太陽も違いました。恒星は年を取るにつれて明るくなっていくので、太古代の太陽は現在より暗いはずです。標準的な恒星進化のモデルからは、この時代に地球が受け取っていた日射は現在の8割前後という値が出てきます。もし大気の温室効果と地表の反射率がいまと同じだったなら、その日射では地球全体が凍りついていたことになります。

ところが太古代の氷河の痕跡は、ごくわずかしか見つかっていません。地層が示しているのは、海が液体のままだったこと、それどころか現在より暖かかった可能性です。二酸化炭素とメタンによる強い温室効果を想定する説、陸地が少なく雲も少なかったために太陽光をよく吸収したという説などが出ていますが、どれがどれだけ効いていたのかは決まっていません。カール・セーガンらが1972年に提起した「暗い太陽のパラドックス」は、いまも宿題として残っています。

陸の広さも今とは比べものになりません。大陸の土台になるクラトン(安定した広い陸塊)はこの時代に作られ始めましたが、太古代を通じて陸は小さく、地球はほぼ海に覆われていたと見られています。地球内部の熱は今よりずっと多く、火山活動も活発でした。

議論の少ない最古の痕跡

生命の痕跡として最も広く認められているものは、西オーストラリアのピルバラ地域にあります。

ひとつは、約34億8100万年前のドレッサー層に残るストロマトライトです。ストロマトライトは、微生物のマットが砂や炭酸塩の粒を捕まえながら、上へ層を重ねてできた構造です。ドーム状や円錐状に膨らんだ形が、断面では細かい縞になって見えます。同じものはいまも西オーストラリアのシャーク湾などで作られ続けているので、現代の例と見比べられるのが強みです。

ドレッサー層については、2017年にニューサウスウェールズ大学のチームが、この場所が海ではなく陸上の温泉だったことを示す証拠を報告しました。決め手はガイセライトという鉱物の沈殿物で、沸騰に近い温度のケイ酸に富む湯からしかできません。それまで確認されていた陸上の温泉の記録は約4億年前までで、そこから一気に30億年さかのぼったことになります。さらに2019年には、同じ層のストロマトライトの中から、硫化物に包まれて残った有機物が見つかっています。形だけでなく、中身の裏づけが加わった例です。

もうひとつは、少し新しい約34億3000万年前のストレリー・プール層です。こちらは数キロにわたって広がる炭酸塩の台地(浅い海に発達した石灰質の高まり)の名残で、ストロマトライトの形の種類が多く、保存状態も良い。場所の環境によって形が変わっていく傾向まで読み取れます。

この2つがあるので、少なくとも34億年前ごろに微生物がいたこと自体は、ほぼ争われていません。問題はそこから先です。

生命を読み取る2つのものさし

骨も殻もない微生物の痕跡を、何十億年も前の岩から読み取る方法は、大きく2つに分かれます。

ひとつは形です。ストロマトライトのような目に見える構造、あるいは顕微鏡でしか見えない糸状・管状の微化石を探します。現代の微生物が作るものと形が一致すれば、同じ作り手を想定できるという考え方です。

もうひとつは炭素の重さです。炭素には少し重い種類(炭素13)と軽い種類(炭素12)があります。生き物が二酸化炭素を取り込んで体を作るとき、酵素は軽いほうをわずかに選ぶ傾向があるため、生物由来の有機物は炭素13の割合が減ります。この偏りをδ13C(デルタ・サーティーンC)という値で表し、単位には‰(パーミル、1000分の1)を使います。生物由来とみなされる有機物は、おおむねマイナス20‰より軽い側に落ちます。骨も形も残らなくても、炭素の重さの偏りだけは残る——これが化石のない時代の頼りです。

ここで押さえておきたいのは、どちらの方法も「生命がいればできるもの」を探しているという点です。「生命でなければ絶対にできないもの」を探しているわけではありません。この違いが、古い岩石になるほど重くのしかかってきます。

ものさしが効かなくなる境目

34億年より古い岩石を相手にすると、この2つのものさしが、どちらも使いにくくなります。

形のほうから見ていきます。2016年、ウーロンゴン大学のアレン・ナットマン氏らが、グリーンランドのイスア地域にある約37億年前の岩石から、円錐状の構造を見つけたとネイチャー誌に報告しました。ストロマトライトであれば、それまでの記録を2億年さかのぼる発見です。

ところが2018年、NASAジェット推進研究所のアビゲイル・オールウッド氏らが同じ場所から一回り大きな試料を切り出し、結論を覆す論文を出します。ストロマトライトは太陽に向かって上へ伸びるので、円錐はすべて同じ向きを指すはずです。しかしイスアの構造には、下を向いているものがありました。オールウッド氏らは、これらは変形によってできた模様で、生物とは関係がないと結論しました。ナットマン氏らは反論を発表し、その後も両者の見解は分かれたままです。

この食い違いは、どちらかが不注意だったから起きたわけではありません。古い岩石は例外なく熱と圧力を受け、引き伸ばされ、折り曲げられ、鉱物を組み替えられています。層状の岩を強く変形させると、微生物が作ったものとよく似た縞や円錐が現れる。1994年にはスタンフォード大学のドナルド・ローウェ氏が、32億年前より古いとされるストロマトライトはすべて無機起源だと論じたこともあります。カナダ・ケベック州のヌブアギツクで見つかった管状の構造(37億7000万年前以上、最大で42億8000万年前という報告)についても、強いアルカリ性の水からの無機的な沈殿で似た形ができるという批判が出ています。

炭素の重さも、単独では決め手になりません。炭素13に乏しい炭素は、生き物を通さない反応でも作れるからです。一酸化炭素と水素から炭化水素ができるフィッシャー・トロプシュ型の反応、二酸化炭素とメタンからかすみ状の有機物ができる過程、炭酸塩が還元される過程——こうした無機的な経路でも、マイナス60‰あたりまで軽くなりえます。つまりδ13Cがマイナス20‰より軽いという事実だけでは、生物起源の証明にならない。太古代の岩石に含まれる炭素の重さは、生命と化学のどちらでも説明できてしまう範囲に収まっているのです。

ただし、議論はいつも同じ方向に転ぶわけではありません。ピルバラのアペックスチャートから見つかった約34億6500万年前の微化石は、1993年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校のウィリアム・ショップ氏が最古の細胞化石として報告し、2002年以降「鉱物が作った模様だ」という反論を受け続けてきました。ところが2018年、ショップ氏らが微小な領域ごとに炭素の重さを測り直すと、δ13Cは形の種類ごとに系統的に違っていました。無機的な模様なら、形と炭素の重さが対応する理由がありません。この測定は、生物起源を支持する材料として受け取られています。

つまり、古い証拠ほど価値は高いのに、古くなるほど「これは生命だ」と言い切れなくなる。太古代の最古の痕跡が確定しないのは、探し方が足りないからではありません。この時代の岩石に残っている情報が、生命でも化学でも説明できる程度まで削られてしまっているからです。

分子時計が示す、岩石より古い起源

岩石の側から攻めるのが難しいなら、いま生きている生き物から逆算する手があります。

2024年、ブリストル大学のエドマンド・ムーディ氏らが、700種の微生物のゲノムを比べて、すべての生命の共通祖先(LUCA)がいた年代を見積もった研究をネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション誌に発表しました。遺伝子に蓄積した変化の量を時間に換算し、化石で目盛りを合わせるやり方です。

出てきた答えは約42億年前でした(推定の幅は約41億〜43億年前)。しかもLUCAは単純な存在ではなく、250万塩基対ほどのゲノムに約2600個のタンパク質の遺伝子を持ち、酸素を使わずに二酸化炭素と水素から酢酸を作る代謝を備えていた——現代の微生物と並べても遜色のない姿が復元されています。研究チームは、LUCAがすでに他の生き物とやりとりのある生態系の一部だったとも書いています。

この42億年前という数字は、太古代の始まり(40億3100万年前)より古い。地球最古の岩石よりも前です。もしこの見積もりが正しければ、すべての生命の共通祖先は、岩石が1つも残っていない時代に生きていたことになります。そこにいたことを岩石で確かめる方法は、原理的にありません。

もちろん、この数字も動きます。分子時計はゲノムの比較と目盛り合わせに依存するので、使う遺伝子や仮定を変えれば年代も変わります。以前は38億年前ごろという推定が広く使われていました。42億年前は、現在の手法で出たひとつの見積もりであって、確定した年代ではありません。

決着していない「最古」

いま言えることを整理すると、こうなります。34億年台のピルバラの痕跡は、ほぼ争われていない。37億年より古い候補はどれも解釈が分かれていて、決着していない。そして遺伝子から逆算した生命の起源は、岩石の記録が始まる前に入ってしまう。

最古の生命の証拠はどれかという問いに、研究者のあいだで一致した答えはありません。挙げる候補が人によって変わるのは、それぞれが違う基準を重く見ているからです。形の一致を重んじるか、炭素の重さを重んじるか、変成の度合いをどこまで許すか。基準が違えば順位も変わります。

太古代の終わり近くには、酸素を出す光合成を行う微生物が現れていたと考えられています。ただしそれが正確にいつだったのかも議論が続いており、大気に酸素がたまり始めるのはさらに後のことです。

太古代は、地球にようやく岩石が残りはじめた時代です。その岩石には生命の痕跡も残っている。ただしその痕跡が、生命の始まりからどれくらい後のものなのかは、まだ誰も知りません。

出典

地質年代の区分と境界年代は、国際層序委員会(ICS)の国際年代層序表によります:International Chronostratigraphic Chart(ICS)

ドレッサー層の陸上温泉の証拠について(ニューサウスウェールズ大学):Oldest evidence of life on land found in 3.48 billion-year-old Australian rocks

イスアの構造をめぐる再検討(ネイチャー誌、オールウッド氏ら2018年):Reassessing evidence of life in 3,700-million-year-old rocks of Greenland(本文は有料の場合があります)

同じ論争のやさしい解説(Quanta Magazine):World’s Oldest Fossils Now Appear to Be Squished Rocks

ヌブアギツクの管状構造について(ネイチャー誌、ドッド氏ら2017年):Evidence for early life in Earth’s oldest hydrothermal vent precipitates(無料で読めます)

アペックスチャートの微化石の再測定(PNAS、ショップ氏ら2018年):SIMS analyses of the oldest known assemblage of microfossils

共通祖先LUCAの年代とゲノムの推定(ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション誌、ムーディ氏ら2024年):The nature of the last universal common ancestor and its impact on the early Earth system

LUCA研究のニュース解説(Science誌):Our last common ancestor lived 4.2 billion years ago

暗い太陽のパラドックスと反射率による説明(ネイチャー誌、ロージング氏ら2010年):No climate paradox under the faint early Sun(本文は有料の場合があります)

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