通信衛星スターリンク、そのまま大気の「観測網」になっていた

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地球のまわりを飛んでいる通信衛星スターリンクが、思いがけない形で科学の役に立ち始めています。京都大学生存圏研究所の山本衛さんが、スターリンクの公開データだけを使って、上空約480kmの大気の濃さが地球全体でどう分布しているかを描き出しました。論文は2026年7月30日、学術誌Earth, Planets and Spaceに掲載されています。

スターリンクは、SpaceX社が宇宙からインターネットを届けるために打ち上げている衛星群で、その数はすでに9000機を超えています。夜空を列になって流れていく光を見たことがある人もいるかもしれません。あの衛星たちは、大気を観測するためには1ミリも設計されていません。それなのに、群れ全体をひとつの「観測網」として使えることが、実際のデータで示されたのです。

観測がむずかしい「熱圏」という領域

今回の舞台は、熱圏(ねっけん)と呼ばれる領域です。高度100kmから1000kmあたりに広がる、大気のいちばん外側の層で、国際宇宙ステーションもスターリンクも、この中を飛んでいます。大気といっても中身はきわめて薄く、高度300kmでは地表の1000億分の2ほどしかありません。

薄いとはいえ、ゼロではないのがポイントです。衛星はこのわずかな大気に少しずつぶつかりながら飛んでいて、その抵抗でじわじわと減速し、高度を落としていきます。太陽の活動が活発になると熱圏はふくらんで濃くなり、抵抗も増える。2022年には、打ち上げ直後のスターリンク衛星約40機が、磁気嵐でふくらんだ大気の抵抗に負けて落下する出来事もありました。衛星をいつ、どれだけ持ち上げるかを決めるうえで、熱圏の濃さは無視できない情報なのです。

ところが、この熱圏の濃さを測るのが、昔からむずかしい。熱圏のすぐ内側には電離圏(でんりけん)という電気を帯びたガスの層が重なっていて、こちらは電波の伝わり方に影響するぶん、地上からでも観測しやすい。一方、熱圏の99%以上を占める電気的に中性な大気は、電波にほとんど反応しないため、測る手がかりが乏しいのです。

これまでの主流は、衛星の軌道情報から逆算する方法でした。世界中の衛星について公開されているTLE(ツーライン・エレメント)という簡易的な軌道データを使い、軌道の下がり具合から大気の濃さをおおまかに見積もる。ただしTLEは情報量が限られていて、得られるのは粗い推定にとどまります。もっと精密に測るには、ヨーロッパ宇宙機関のSWARM(スウォーム)衛星のような専用機の出番になりますが、専用機は数がわずかで、飛んだ場所の線上のデータしか得られません。面としての分布を知りたくても、手段がなかったわけです。

衝突回避用の公開データが「密度計」に

ここで効いてきたのが、SpaceXがずっと公開してきたデータでした。

SpaceXは、スターリンクが他の衛星やロケットとぶつからないように、各衛星の詳細な軌道データ(エフェメリス)を公開しています。1分刻みの位置と速度が72時間先まで予測された、TLEよりはるかに情報量の多いデータで、1日3回更新されます。目的はあくまで衝突回避。ところがこのデータ、見方を変えると「大気の密度計」として読めるのです。

理屈はこうです。衛星は大気の抵抗を受けると、飛ぶためのエネルギーを少しずつ失っていきます。エネルギーの減り方は、その場の大気が濃いほど大きい。つまり、位置と速度の詳細な記録からエネルギーの減り具合を計算すれば、衛星が通った場所の大気の濃さを逆算できます。1機だけなら、通り道1本ぶんの情報にしかなりません。しかし高度482kmの同じ軌道グループには約1200機がいて、地球のあちこちを同時に飛んでいます。全機ぶんのエネルギー収支を集めて数学的に組み合わせれば、面としての濃さの分布を復元できる——この復元の手法がトモグラフィです。病院のCTスキャンが、たくさんの方向からX線を通して体の断面図を組み立てるのと同じ発想で、ここでは1200機の衛星がCTの「X線」の役を果たします。

山本さんはこの解析を2025年9月1日から7日のデータで実施し、昼側で大気がふくらみ、夜側で薄くなるという1日周期の分布を、実データから描き出すことに成功しました。衛星の軌道維持のためのエンジン噴射(これもエネルギーを変えてしまう)を取り除く工夫まで含めて、使ったのは公開データと、NASAが無償公開している軌道解析ソフトだけ。新しい観測装置は、何ひとつ打ち上げていません。

専用衛星との突き合わせ

問題は、この方法で出した数字が本当に合っているのかです。論文では、専用機であるSWARM衛星の実測値と突き合わせて確かめています。19回ぶんの解析をSWARMの測定と比べたところ、推定値は実測の0.6倍から1.2倍の範囲に収まり、全体の平均では0.95倍。つまり、通信衛星の公開データから逆算した大気の濃さが、専用の観測衛星の実測値とほぼ一致したのです。

誤解のないように書いておくと、これは「専用衛星と同じ細かさで測れるようになった」という意味ではありません。今回の解析が捉えたのは1日周期のおおまかな分布だけで、著者自身も現段階の結果を「予備的で低解像度」と位置づけています。合っていたのは濃さの「値」であって、地図の細かさはまだ粗い。それでも、通り道1本ぶんの線でしか測れなかったものが、面として、しかも公開データだけで描けたことに意味があります。

初期報告としての限界と今後

この論文は「初期報告」と銘打たれていて、課題も正直に書かれています。使った衛星の軌道は傾きが53度までなので、北極や南極の上空はデータの空白地帯のままです。また、SpaceXが公開するデータは同社の追跡システムで処理されたもので、実測とモデル予測が混ざっている可能性があり、大気が激しく変動する場面ではズレが出るかもしれません。より高い傾きの軌道グループや、別の高度のグループを組み合わせることが、次の課題として挙げられています。

それでも、この方法には見逃せない強みがあります。データが1日3回更新されるので、うまく発展すれば、熱圏の濃さをほぼリアルタイムで追いかけられる可能性があるのです。太陽の活動で大気がふくらめば、衛星の落下リスクも、宇宙ゴミの軌道予測も変わります。飛んでいる衛星が増え続けるこれからの時代、その基礎データを、すでに飛んでいる衛星たち自身が供給してくれるかもしれません。

通信のために打ち上げられた9000機が、誰も頼んでいないのに、観測がいちばんむずかしかった領域の測定器になっていた。スターリンクをめぐっては、夜空を光の列が横切って天文観測の邪魔になるという批判も根強くありますが、少なくとも上層大気の研究者にとっては、思わぬ贈り物になったようです。

出典

Mamoru Yamamoto, “Tomography of thermospheric density from Starlink Ephemeris: initial report”, Earth, Planets and Space, 78, 175 (2026)(論文本体・オープンアクセス

Zhuoliang Ou et al., “Near-Real-Time Global Thermospheric Density Variations Unveiled by Starlink Ephemeris”, Remote Sensing, 17(9), 1549 (2025)(先行研究の論文

Maya Posch, “Using Starlink’s Satellites To Study Earth’s Upper Atmosphere”, Hackaday, 2026年8月17日(紹介記事

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