筋肉質はネアンデルタール人のおかげ——ただし身長3ミリ、筋肉270グラム

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ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子が、いまを生きる人の筋肉量に関わっている——そんな研究が、2026年8月5日付の科学誌Current Biologyに発表された。マックス・プランク進化人類学研究所のフィリップ・カニス氏とカロリンスカ研究所のフーゴ・ゼバーグ氏を中心とする国際チームによるもので、成長ホルモンを受け取るタンパク質の遺伝子に、ネアンデルタール人に特有の変化が見つかったという内容だ。

おもしろいのは、証拠の集め方が二段構えになっているところである。研究チームは、実験室で培養した細胞の反応を調べたうえで、世界5つのバイオバンク(大規模な生体試料・データの保管施設)に登録された110万人以上の身体データを突き合わせた。細胞レベルの実験と、人間の体を測った統計と。まったく種類の違う二つの証拠が、同じ方向を指したことになる。

成長ホルモン受容体に残された二つの変化

成長ホルモンは、脳の下にある下垂体(かすいたい)から血液中に放出されるホルモンで、筋肉や骨の育ち方を調節している。ただ、血中を流れているだけでは何も起きない。細胞の表面にある受容体(じゅようたい=ホルモンを受け取る鍵穴のようなタンパク質)にくっついて、はじめて「育て」という合図が細胞の内側へ伝わる。

研究チームがまず調べたのは、この経路に関わる遺伝子が、ネアンデルタール人と現生人類でどう違っているかだった。成長ホルモン受容体(GHR)の遺伝子を比べると、ネアンデルタール人の型には、アミノ酸が2か所入れ替わっている変化と、遺伝子の一部が欠けている変化が見つかった。この3つはセットで受け継がれていて、いまの人のDNAの中でも、たいてい一緒に現れる。

上の図のように、ホルモンが受容体にはまると信号が細胞の中へ伝わる。ネアンデルタール人の型では、この伝わり方が少しだけ変わっていた。

化石の分布と遺伝子の分布のずれ

ネアンデルタール人が生きていたのは、およそ40万年前から4万年前まで。絶滅する前に現生人類と交わり、そのDNAの一部が今日まで残った。アフリカ以外に祖先を持つ人は、たいてい1〜4%のネアンデルタール人由来のDNAを持っている。今回の受容体の型が現生人類の中に入ってきたのも、この交雑によるもので、時期はおよそ4万7,000年前と見られている。

ところが、この型がどこに多く残っているかを調べると、少し意外な絵が出てくる。もっとも高い頻度で見つかるのは南アジアと東アジアの集団で、南アジアの一部の集団では最大24%に達する。一方、ヨーロッパ系ではわずか0.5%、先住アメリカ人でも2%ほどしかない。

ネアンデルタール人といえば、化石の大半がヨーロッパで見つかっていて、がっしりした体つきのイメージもヨーロッパの標本から組み立てられてきた。その「ヨーロッパ的な体格」を支えていたはずの遺伝子の型が、当のヨーロッパ系ではほとんど見当たらず、アジアに集中している。研究には加わっていないウィスコンシン大学マディソン校の人類学者ジョン・ホークス氏も、Natureの取材に対して、この偏りが従来の思い込みを揺さぶる点を指摘している。人類がどう移動し、どこでどの遺伝子が残ったのか——その筋書きは、思っていたより複雑らしい。

培養細胞が示した40%の伸び

では、この型を持っていると体はどうなるのか。研究チームは、ネアンデルタール人の型の受容体を作らせた細胞と、現生人類に多い型の受容体を作らせた細胞を並べて育て、どちらにも成長ホルモンを与えた。

結果ははっきりしていた。5日間で、ネアンデルタール人の型の細胞は、もう一方より約40%多く増えたのである。2か所のアミノ酸変化のうち、この強い反応のほとんどを引き起こしていたのは片方だけで、信号が長めに「オン」のまま保たれることが原因と見られる。ちなみに、遺伝子が欠けている部分のほうは、単独では体重への影響が見られなかった。

40%という数字だけ見れば、かなり大きな差に思える。ネアンデルタール人の骨に残る太い筋肉の跡、厚い胸郭、頑丈な骨格——あの体つきの正体がこれだったのか、と話をつなげたくもなる。

110万人分のデータで見えた実寸

ここからが、この研究のいちばん興味深いところだ。研究チームは110万人以上の成人のデータを解析し、この型を持つ人と持たない人の体を比べた。出てきた差は、こうだった。

身長にして、約0.12インチ——約3ミリ。体重にして、遺伝子1コピーあたり約270グラム。しかもその270グラムは脂肪ではなく、除脂肪の筋肉量の増加だった。「体重の増加がどこから来ているのかを詳しく見たら、それは除脂肪の筋肉量の増加だった」とカニス氏は説明している。

3ミリと270グラム。ペットボトル飲料1本より軽く、身長差は朝と夜で人の身長が変わる幅より小さい。両親の双方から1コピーずつ受け継いだ人なら合計で0.5キロほどになるが、それでも、鏡の前に立って気づける量ではない。培養皿の中の40%は、人間の体の上では3ミリと270グラムになる。つまり、統計としては確かに存在するのに、個人としては体感できない——それが今回の効果の実寸である。

上のイラストで、2つのシルエットの違いに気づけただろうか。110万人を並べてはじめて浮かび上がる差とは、そういう大きさのものだ。共著者のミリアム・ベライター氏は、こう言い添えている——ネアンデルタール人の成長ホルモン受容体を持っていても、トレーニングの代わりにはならない、と。

幼少期には現れない効果

もうひとつ、この型には時間的な条件があった。研究チームが6,000人以上の子どもの身体計測データを調べたところ、11歳までの成長には、この型との関連が見つからなかったのである。

説明としては、成長ホルモンの出どころが関係している。胎児期には胎盤(たいばん)が独自の形の成長ホルモンを作るのだが、ネアンデルタール人の型の受容体は、そちらには強く反応しない。反応するのは下垂体から出るほうだけで、その量が大きく増えるのは思春期である。実際、生まれたときの体重には差が見られなかった。この型が効きはじめるのは、体が急に伸びはじめるあの時期以降ということになる。

体つき以外の場所にも、細かな痕跡が残っていた。この型を持つ人は、下あごの後ろ側(耳のそばの垂直に立ち上がる部分)がわずかに短く、歯の根も短めになる傾向がある。どちらもネアンデルタール人の化石で知られている特徴だ。あごの形については、日本の東北メディカル・メガバンク機構が集めた頭部MRI画像も検証に使われている。

解釈上の留意点

この研究を読むときに、いくつか押さえておきたい点がある。

まず、110万人のデータから出てきたのは統計的な関連であって、「この遺伝子が筋肉を増やす」という因果関係が体の中で直接証明されたわけではない。培養細胞の実験が同じ向きの結果を出していることは強い後押しになるが、細胞と人体は別物である。

次に、効果の大きさを見誤らないこと。研究チーム自身がくり返し釘を刺しているとおり、この型は「大きなパズルの一片にすぎない」。ゼバーグ氏の言葉を借りれば、これだけでネアンデルタール人の体型を説明することはできないし、その人の見た目全体を決めるものでもない。成長や体型には多数の遺伝子が関わり、そこに発達や生活習慣、環境が重なる。

集団ごとの頻度についても、そのまま個人に当てはめられるものではない。「南アジアの一部集団で最大24%」というのは、あくまでその集団を調べた結果である。日本人集団での頻度は、公表された資料の範囲では示されていない。そもそもバイオバンクのデータはヨーロッパ系に偏りがちで、集団間の比較には慎重さが要る。

ついでに言えば、「ネアンデルタール人=がっしりした体型」というイメージ自体、化石の骨から推定されたものだ。今回の研究は、その推定に遺伝子の側から一本の線を引いたにすぎない。

それでも、実験室の培養皿と100万人規模の統計という、まるで手触りの違う二つの証拠が同じ方向を指したことの意味は小さくない。数万年前に一度だけ起きた出会いの痕跡が、いまも人の体の中で、3ミリと270グラムぶんだけ働き続けている。効果の小ささのほうが、むしろこの話の芯なのかもしれない。

出典

元論文:Kanis P., Berreiter M., Sieme D. ほか「Increased signaling of the Neanderthal growth hormone receptor」Current Biology、2026年8月5日(DOI: 10.1016/j.cub.2026.07.025)。

研究の概要は、マックス・プランク協会のプレスリリースで無料で読める。報道はSmithsonian MagazineLive Science など。

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