180万年前、人類は洞窟の奥に火を持ち込んでいた——南アフリカの焼けた骨が示す最古級の証拠

スポンサーリンク

南アフリカのウォンダーワーク洞窟で、人類の火の使用をめぐる記録が大きく塗り替えられそうです。洞窟の奥から見つかった焼けた骨を新しい手法で分析したところ、107万〜179万年前という、これまでの最古記録を大きくさかのぼる時代に、火が繰り返し洞窟内に存在していた証拠が確認されました。研究はスペイン・アルゼンチン・カナダ・イスラエルなど7か国の国際チームによるもので、2026年6月1日に科学誌PLOS ONEに掲載されています(査読済み)。

ポイントは、火が見つかった場所です。洞窟の入口から約30メートルの奥。自然の山火事の炎がどうやっても届かない位置です。つまり誰かが、外から火を持ち込んだことになります。

火の使用をめぐる年代の壁

火を手に入れたことは、人類の進化のなかでも指折りの転換点です。暖をとれる、夜も活動できる、肉食獣を遠ざけられる、そしていずれは調理ができる。調理された食べ物は消化の負担を減らし、脳を大きくする方向に働いたと考えられています。

ところが「いつから使っていたのか」を確かめるのは、想像以上に難しい問題でした。アフリカは今でも地球上のバイオマス燃焼の6割前後を占めるといわれるほど山火事の多い大陸で、「火の大陸」という呼び名まであります。野外の遺跡で焼けた石や土が見つかっても、それが人の火なのか自然の山火事なのか、区別がつかないのです。

その点、洞窟の奥は別です。これまで最も確かな証拠とされてきたのが、まさにこのウォンダーワーク洞窟でした。2012年の研究で、洞窟内の約100万年前の地層(第10層)から、焼けた骨・焼けた土・木の灰がまとまって見つかっていたのです。今回の研究チームは、その同じ洞窟でさらに深く、さらに古い地層(第11層)へと掘り下げました。

洞窟の奥30メートルという決め手

チームが分析したのは、第10層と第11層から出た小型哺乳類の骨の化石161点です。このうち古いほうの第11層から出た白色・灰色の骨32点は、2つの独立した分析手法の両方で、すべて「焼けている」と判定されました。

地層の年代は、地磁気の逆転の記録と、宇宙線が作る特殊な原子核を使った年代測定の組み合わせで、107万〜179万年前と絞り込まれています。幅のある数字ですが、試料はこの区間のいちばん下、つまり最も古い側から出ており、石器の様式の移り変わりや一緒に出た動物の化石との整合からも、約180万年前に近い可能性が高いとチームは見ています。

そして冒頭の通り、この場所は当時の入口から約30メートルの奥。25メートルプールを一本泳ぎ切っても、まだ届かない深さです。山火事の炎が入り込める距離ではありません。しかもこの洞窟の堆積物は、水や土砂で外から流れ込んだ形跡がないことが過去の研究で確認されています。外で焼けた骨が後から運ばれてきた、という説明も成り立たないのです。残る説明は一つ。当時の人類が、火そのものを奥まで運び込んだ、ということになります。

担い手として最も有力なのは、当時のアフリカにいたホモ・エレクトスです。私たちホモ・サピエンスが現れるのは約30万年前ですから、そのはるか昔の話になります。

フクロウの吐き戻しが語る火の記録

ここで面白いのは、証拠となった骨の出どころです。分析された小型哺乳類の骨は、人類の食べ残しではありません。洞窟にすみついていたメンフクロウが吐き戻した「ペリット」——消化できない毛や骨のかたまり——に由来するものでした。フクロウは何万年にもわたってこの洞窟をねぐらにしており、床にはペリットがじゅうたんのように降り積もっていたと考えられています。

人類が持ち込んだ火がこの床に燃え移れば、毛や羽といった燃えやすい成分をたっぷり含んだペリットはよく燃え、中の骨に焼けた跡を残します。人の食事とはまったく関係のない骨だからこそ、「そこに火があった」ことを示す独立した記録になる——チームはそう位置づけています。実際、焼けた骨は洞窟の床全体に均一ではなく、5メートル離れた特定の区画に集中していました。一度きりの偶然ではなく、複数回にわたって火がたかれたことを示すパターンです。

もう一つの柱が、焼けた骨を見分ける新手法です。骨の化石に波長455ナノメートルの青い光を当て、赤いフィルター越しに観察すると、高温にさらされた骨だけが赤く光ります。熱で骨のミネラルの結晶構造が変わり、光の再放出のしかたが変化するためです。もともとは法医学の現場で使われていた技術を、化石向けに応用しました。従来の赤外分光法(FTIR)と違って試料を粉にする必要がなく、装置は持ち運べて、大量の化石を短時間で調べられます。今回の判定は、この新手法とFTIRの両方で突き合わせて確認されています。

「起こせないが使えた」段階の人類

誤解のないように書いておくと、この研究は「180万年前の人類が火を起こしていた」と言っているわけではありません。むしろ逆です。摩擦や打撃で自分の火を起こす技術が生まれるのは、ずっと後の時代と考えられています。チームが描くのは、その手前の段階。外の山火事から燃えさしを拾い、洞窟に運び込み、消えるまで守って使う——いわば「もらい火」で暮らす人類の姿です。

自然の火をただ眺めたり逃げたりするだけの存在ではなく、かといって自在に火を操る存在でもない。その中間に、火を「拾って運んで維持する」という段階があった。今回の発見は、その段階が180万年前近くまでさかのぼる可能性を示したことになります。

一方で、まだ分かっていないことも残ります。この洞窟からは調理の証拠は見つかっておらず、火が具体的に何に使われていたのかは不明です。年代も107万〜179万年前という幅の中で確定したわけではありません。それでも、焼けた骨を素早く大量に見分けられる新手法が手に入ったことで、世界中の遺跡で眠っている化石を調べ直す道が開けました。火と人類の付き合いの始まりは、これからさらに古い時代へさかのぼっていくかもしれません。

出典

元論文:M.D. Marin-Monfort et al. “New evidence for Early Pleistocene use of fire at Wonderwerk Cave (South Africa).” PLOS ONE 21(6): e0347480(2026年6月1日公開・査読済み・オープンアクセス)DOI: 10.1371/journal.pone.0347480

参考:ScienceDaily(ヘブライ大学プレスリリース、2026年6月24日)EurekAlert!(2026年6月)Phys.org(2026年6月)

コメント

タイトルとURLをコピーしました